高知県安芸郡安田町の酒蔵「土佐鶴酒造株式会社」が、2023年に発売を始めた「発酵ゆず果汁ハードセルツァーの素」。同社が開発した業界初の「発酵ゆず果汁」を使用することで、フレッシュなゆずの香りを保ちながら、苦みや渋みを抑えたまろやかでコクのある味わいを実現した。ハードセルツァーとは、アルコール入りのフレーバー炭酸水で、近年、北米の健康志向の若者を中心に大ヒットしている新ジャンルのお酒だ。クラウドファンディングでの先行販売では、公開から3日で予約数430本が完売。技術の独自性に手ごたえを感じ、2025年には小夏など新たな柑橘の発酵にも取り組み始めている。
土佐鶴酒造は、江戸時代1773年に創業した歴史ある酒蔵。四国地方最大規模の醸造量を誇り、海外25か国以上の輸出実績を持つ。日本酒業界で重要なコンテストの1つである全国新酒鑑評会では、全国最多となる50回金賞を受賞しており、高知らしい淡麗辛口の日本酒に定評がある。優れた技術力を持つ同社も、他の伝統食品や酒蔵と同様に、伝統を守りつつも急速に変化する時代のニーズに応じた革新が求められている。その一環で取り組んだのが「ゆず果汁の発酵」だった。
開発を担ったのは、2021年に新設された技術研究室 「Tosatsuru-Lab Project(T-ラボプロジェクト)」。設立背景には、1990年代から続く日本酒消費量の減少や、コロナ禍を契機に急変した飲酒習慣がある。代表取締役社長の廣松慶久(ひろまつ よしひさ)氏は「伝統に頼るだけでなく、新しい飲み方や味わいも提案していく必要があります。時代に求められる酒を提供することが企業として急務でした」と語る。
そこで研究の中心に据えたのは「ゆず」や「なす」といった、温暖多雨な高知県を代表する農作物だ。これらは、一次産業が盛んな安田町でも多く栽培されている。同社がある安田町は、この30年ほどで人口が半減し現在は2400人弱。2050年には1000人程になるという予測もある。創業以来、安田町とともに歴史を重ねてきた地域企業として、土佐鶴酒造が世界のトレンドを踏まえながらも、地元の農作物を活用するのはごく自然の流れだった。現在、地域の農作物を原料に斬新でユニークな技術を発信する「ゆず果汁の発酵」「ナス赤ワイン」、さらに既存技術をブラッシュアップする「日本酒の凍結技術」の3本柱で研究が行われている。先述の「ゆず果汁を発酵させる新技術とその応用」は、2年がかりで開発され、2024年には四国地方発明表彰四国経済産業局長賞・実施功績賞を受賞した。
これまでゆずのお酒は、特有の苦みや香味の単調さを補うため、はちみつなどで甘みを加えるのが一般的だった。しかし、甘みを加えず、土佐鶴酒造の目指す「淡麗にして旨い辛口」を実現できないかと考え、果汁を「発酵」させる手法を試みた。ところがいざ始めると、ゆず果汁に200種類もの酵母の植菌を試み、条件を変えても発酵しない日々が続いた。数カ月にわたる試行の末、ゆずに含まれるオイル成分が発酵の阻害因子となっていることを発見。ゆずの香りの主成分でもあるオイル成分を精油として一度取り出し、発酵後の果汁に戻し入れる手法にたどり着く。
しかし同社の装置だけでは、精油の扱いはカバーできない。そこで、研究当初からの相談先である高知県工業技術センターを通じて、高知発の新技術「マイクロ波蒸留」や「ファインバブル」を導入することに。高知市の兼松エンジニアリングと高知県工業技術センターが共同開発した「マイクロ波抽出装置」を用いることで、低温でオイル成分の抽出が可能となり、本来の香りを損なわない抽出が実現した。また果汁と精油が分離してしまう課題には、高知県南国市の坂本技研と高知工業高等専門学校が共同開発した「乳化分散装置」を活用。乳化剤を使用せずに、発酵した果汁と精油を均一に混ぜ合わせられるようになった。こうして複数の高知生まれの最新技術を活用し、高知の食材でつくられた「発酵ゆず果汁ハードセルツァーの素」。爽やかなゆずの新感覚の飲み心地そのものを、また地域の魅力を伝える媒体としても楽しむことができる。
「T-Lab(技術研究室)ができたことで、私たち社員の視野が広がっている実感や、社外からの提案も加速しました」と語るのは、土佐鶴酒造に勤めて35年となる取締役 杉本芳範(すぎもと よしのり)氏。今春、新発売した戦略商品「香りレギュラー(吟醸香の高い普通酒)」の酒粕を使った浴用剤や県産生姜の漬物など、お酒以外の商品開発にも乗り出した。秋からは高知市内に研究拠点を新設し、研究開発に特化した研究職の採用準備も進めている。
「ハードセルツァーは量産体制へのスケールアップ段階で、柑橘類が豊富な四国ならではの展開も想定しています。世界中、様々な柑橘があるので各国の柑橘での発酵にもチャレンジしてみたいですね。ここにある"よいもの"を活かして、個性的でユニークな商品を生み出し、土佐鶴ブランドにさらなる厚みを持たせていきたいです」と研究室長の粂野敦志(くめの あつし)氏は意欲を語る。
国内外の販路を持ち、グローバルなトレンドに常に触れながらも、それを地域の食材や技術と結びつける同社の研究姿勢は、次にどんな革新を生み出すのだろうか。地域に根差した土佐鶴酒造の挑戦は、地域と世界をつなぐ1滴となりさらなる広がりをみせていくのだろう。
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※掲載の内容は、令和7年0月0日現在のものです。また、提供データ、画像を含みます。
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