四国びと


木桶でつくる島の醤油屋。孫やひ孫に本物の醤油を受け継ぐために今できること。

山本康夫さん ヤマロク醤油 http://yama-roku.net

 醤油や味噌や日本酒など日本の食を支える基礎調味料づくりには、かつては木桶が欠かせませんでした。しかし、生産性や品質安定のために木桶を使っているところは少なくなりました。実は、日本全国に3,000~4,000本ほどある木桶のうち、約1,000本もの桶が香川県の小豆島で醤油づくりに使われています。ひとつの地域に昔ながらの醤油蔵がこんなに密集している地域は他にないそうです。そんな小豆島の醤油蔵が立ち並ぶ地域で、こだわりの醤油をつくられているヤマロク醤油 五代目、山本康夫さんにお話をうかがってきました。
―このあたりを歩いていると、醤油の香ばしい香りが漂ってきますね。小豆島ではどうして醤油づくりが盛んなのでしょう?   山本さん ―江戸時代に盛んだった塩業がルーツです。小豆島は江戸幕府の天領(直轄地)として塩づくりが栄えた島で、兵庫県の赤穂(あこう)の塩浜師という技術者によって塩づくりが産業として発展しました。小豆島の塩は「島塩」として人気となり赤穂に続き全国第2位の生産量にまで拡大するのですが、江戸末期に塩の過剰生産による塩バブルが起きてしまいます。そこに自然災害も加わって深刻な事態に陥ったときに、塩を使った二次加工品として醤油づくりがはじまりました。 ―小豆島に醤油蔵が集まっているのは昔からなのですか。 山本さん ―昔からですね。現在、小豆島には22軒の醤油メーカーがありますが、明治の最盛期には大小約400軒もあったんですよ。小豆島の気候は、雨が少なく乾燥していて日照時間が長いのが特徴です。小豆島は、オリーブが日本で最初に根付いた地としても有名ですが、この温暖小雨の気候は醤油づくりにも適しています。
 この醤油蔵が集まる「醤の郷(ひしおのさと)」と呼ばれる地域は、小豆島で最も高い寒霞渓(かんかけい、標高817m)という山の麓にあります。ここから吹き下ろす「寒霞渓おろし」と呼ばれる暖かく乾いた風が、醤油醸造に関わる菌にとって過ごしやすいのだと思います。   ―だから醤油蔵が建ち並んでいるのですね。島にある他の醤油屋さんから、台風で醤油蔵が流されてしまった時に他の醤油屋さんから機械やノウハウを提供してもらって商売を続けることができた、というお話を聞いたことがあります。 山本さん ―これだけ醤油屋さんあったらケンカしそうですけど、昔から仲ええですね。醤油屋どうしでも取引があるんですよ。うちの再仕込み醤油を島内の醤油屋さんに売っていたりします。それから、醤油をつくる時の秘密の作業みたいな話も他の醤油屋さんに教えたりします。そういう知恵を地域で共有していたほうが、お互いにもっといい醤油をつくれるようになって、それが小豆島の強みになると思うんです。

  ―地域が一体となってひとつの産業をつくりあげているのですね。醤油の蔵に入ってまず驚いたのがこの大きな木桶ですが、ここでつくっているのは全部醤油ですか? 山本さん ―そうです。蔵の土壁や、醤油の仕込みにつかう木桶は見た感じボロボロですが、実はこれが天然醸造の醤油づくりにはとても大切です。ここには100種類、多いところだと200種類もの酵母菌や乳酸菌たちが100年以上も暮らしていて、醤油づくりを手伝ってくれています。



 戦後の醤油づくりは菌の発酵をコントロールするために、発酵のしくみがわかっている菌を培養して添加し、発酵させるんです。発酵の過程で菌がいろんなものをつくっていてそれらが複雑に絡み合って、醤油のうまみとか甘みになる。その仕組みはとても複雑でよくわかっていないんです。

 木桶にはそういう働き者の菌がたくさん棲んでいて、添加しなくても一緒に醤油をつくってくれる。で、なぜかおいしくなるんです。眼に見えないものを完全にコントロールするのは無理ですし、蔵によって味とか香りの特徴がでますけど、それは棲んでる菌が違うからなんです。今の科学でもわからない不思議なことだらけですよ。 ―菌と一緒につくるからこそ、おいしい醤油が生まれるわけですね。 山本さん ―もろみ蔵は100年以上前(明治初期)に建てられた蔵で、国の登録有形文化財に指定されています。蔵では、三十二石(約6000リットル)の大杉樽を使っていて、桶屋さんが言うには150~200年ほどまえにつくられたものだそうです。大切に使えば孫の代まではなんとか使えるのですが、今日本で仕込み用の大桶を作れるのは日本に1社しかありません。 ―日本にたった1社しかないのですか。それは驚きですね。木桶をつくる人がいなくなったらどうなってしまうのでしょうか。
山本さん ―現在、日本で醸造用の木桶を製造できる桶屋さんは、大阪の堺市にある「藤井製桶所」1社だけです。もしこの桶屋さんが桶をつくらなくなると、50~100年後には日本にあるほぼ全ての木桶が使えなくなってしまいます。そうなると深刻なのは醤油だけではなくて、味噌・酢・みりん・酒など日本食を支える木桶仕込みの基礎調味料が、100年後には消えて無くなってしまうんです。

写真提供:黒島慶子

 「今、我々が動かなければ、日本の食文化の基礎が崩れてしまう!」

 そう思って、小豆島の大工 坂口直人・三宅真一と私の3人が、木桶職人を目指して藤井製桶所で修行することにしました。これが「木桶職人復活プロジェクト」です。出来るかどうか考えるより、まずは行動です。藤井製桶所さんから指導していただきながら、我々3人で木桶を組上げられるよう、日々精進しておりますので、皆さん応援してください。

―素晴らしい志と行動力ですね。木桶仕込みの醤油を伝えていくために、私たち消費者ができることってなんでしょうか。 山本さん ―醤油を大事につかってくれたら嬉しいです。醤油って日常的に使う物なので、その背景を理解して考えながら使うことはないですよね。醤油はどこの家にも置いてありますけど、2種類の醤油を比べて使うことなんて生活の中でまずないと思います。でも日本人は最低でも年間1000回くらい醤油を食べてるんです。コンビニのおにぎりを食べてもそのほとんどに醤油が使われていて、無意識に口に入っています。身近すぎてあまり気にしないのですが、実はおよそ40%の醤油は捨てられているんですよ。
―そんなに捨ててるんですか!? 山本さん ―そうなんです。お刺身食べても最後に残ってしまうでしょう。どばっと冷奴にかけても全部は使われずに捨てられるし、うどん食べてダシを飲まないと捨てられる。意外とみんな捨てています。消費者の皆さんには、醤油を大事に使って頂いて、そのぶん自分にあった醤油を選んで使って欲しいです。小豆島には醤油ソムリエという醤油の魅力を消費者に伝える仕事をしている人がいます。こういった情報発信力のある人の存在も大切ですね。

写真左:小豆島の醤油の魅力を消費者に伝える「醤油ソムリエール」の黒島慶子さん。 ―木桶の技術を継承して、みんなが天然醸造の醤油を使うようになれば、孫子の代まで豊かな日本の食文化が残る。山本さんは毎日醤油をつくりながらずっと未来のことも考えていらっしゃるのですね。 山本さん ―きっとそれは、醤油づくりはサイクルが長いからかもしれません。普通、天然本醸造の醤油は1年ほどで完成しますが、うちでは1年~2年ほどかけて仕込みます。そこでできたものをもう一度仕込んでつくるのが再仕込み醤油「鶴醤(つるびしお)」です。2倍の材料と約4年もの歳月をかけて仕込むと、角がとれてまろやかで深いコクのある醤油になります。
 この再仕込み醤油ができるまでは4~5年かかりますから、「生きているうちにあと何回再仕込みをつくれるかな?」とか考えますよね。ものづくりの期間が長いので、自然と世代を超えて考えるようになる。それ以外のことは急いでしないと気がすまないけれど、醤油だけは200年先のことを考えています。何100年も前のご先祖様、ひい爺ちゃん、爺ちゃん、父ちゃんと受け継いできたものを、自分の子どもや孫、そのまた先に伝えていくのが僕の仕事です。


掲載日:2012年6月26日 取材者:S・Y
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