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背伸びをせず、鬼北らしさを大切に

芝照雄さん、芝初美さん 企業組合ひろみ川 http://www.okusimanto-kihoku.com

 愛媛県鬼北町。宇和島市の中心部から車で30分ほどの山間部にあるこの町は、人口が11,500人ほどのちいさな町です。四万十川の支流「広見川」が流れ、豊かな自然、田畑に囲まれ、和やかな光景が目の前に広がっています。しかし、この町も、過疎化と高齢化が進行し、その対応を迫られています。そのようななか、住民有志が立ち上がり、地域活性化を目指して、「企業組合ひろみ川」を設立し、活動をはじめています。彼らのモットーは「バカになれ」。まず、自分たちがバカになって地域を盛り上げ、初めての挑戦にも立ち向かうという意味が込められています。バカという言葉はいい言葉ではないかもしれませんが、恐れていては始まらない、何事にも失敗を恐れず、挑戦しようという強い信念が隠れている言葉と捉えているそうです。そして、常に彼らが考えているのは「鬼北らしさ」。無理に背伸びをするのではなく、豊かな自然に囲まれた鬼北の強みを最大限活かすことに注力して活動しています。今回は、「企業組合ひろみ川」の副理事である芝照雄さんと、理事長の奥様の芝初美さんにお話をうかがってきました。

―なぜ「企業組合ひろみ川」を立ち上げられたのですか? 芝照雄さん ―鬼北町を盛り上げたい、という一言に尽きますね。過疎化が進み、町全体の元気がなくなりつつあります。そこで、町の活性化を目指して、新たな特産品を開発し、町を盛り上げようじゃないか!という仲間が集まり、「企業組合ひろみ川」ができました。鬼北らしさを大切にしながら、鬼北を知ってもらい、県内外の方に鬼北の良さを感じてもらいたいという一心ですね。 ―「企業組合ひろみ川」の名前の由来は何ですか? 芝照雄さん ―深い意味はないんです(笑)。「広見川」が目の前に流れていたからですね。あえていうなら、鬼北町のイメージを最も象徴しているのが「広見川」だからかな。企業組合にした理由も、仲がよい者同士が集まって、「なんか、地域活性化に向けてやったらいいことないやろか」という話になって、「じゃあ、どぶろくをやろうか」という流れになって。でも、どぶろくをつくるには、組合のような組織がないと無理なので、組合を立ち上げたんです。
―はじまりが「どぶろく」だったということは皆さんお酒が好きなのでしょうか(笑)? 芝照雄さん ―「お酒が好きで」というのがよくある話かもしれませんが、僕らは、お酒はそんなに飲む方じゃなかったんです。きっかけは、東温市で、どぶろくを造っているところがあって、そこの方と懇意にさせていただいたことです。そこは、どぶろく造りに加えて、どぶろくを活かした地域おこしのイベントもやっていて、そういうことを鬼北町でもやりたいなということで、どぶろくにしたわけです。見てのとおり、ここはお米の生産地なので、米は手に入りやすいというのもありました。一方で、どぶろくは、他でも造られているから、なにか、鬼北らしさを出さないといけないと考えて、すでに「鬼(おに)っ米(こ)」という愛称で販売していた「低タンパク米」をどぶろくの原料にしたらどうかという発想にたどりつきました。味って、口で言うのはなかなか難しいんですが、「鬼っ米」を利用することで、まろやかだったり、フルーティーだったりする、個性的などぶろくが仕上がりました。 ―「地域おこし」といっても、踏み出すまでは大変だったと思いますが。 芝照雄さん ―個人だったら、なかなか手を出せなかったと思うんです。仲間に声を掛けたら何人か集まって、やろうって決めたら一人が引くわけに行かない、前向いて走るしかないという感じです。あと、この地域の特産品が一つでも多くできたらいいなあと。でも、うちは、まだ3年目。これからが勝負です。
-皆さんが本業を持つなかで、合間に企業組合の活動をされているんですね? 芝照雄さん ―好きな人間が集まっている、それに尽きます。無理は言わずに、空いてる時間にできる人は頑張ってという感じです。あえていうなら、原料になる米作りは大変ですね。今年は、ちょっと思うようなものができなかった。でも、こればかりはね。 -「ひろみ川」の活動を行って、嬉しかったことはありますか? 芝照雄さん ―こういう仕事をさせてもらったおかげで、多くの人と知り合いになって、町中を歩いていても声かけてもらったり、人の輪ができるのが嬉しいですね。町を元気にするというか、交友を深めるというか、そういうきっかけになっています。 芝初美さん ―「ひろみ川」では、鬼っ米の販売も行っていますが、それは、私たちが全国に送っているんです。ある都市部のお客さんから、「病院の診断結果が良かったんですが、「ひろみ川」のお米のおかげだと思っています。次もお願いします!」って、お礼の電話がかかってきたんですよ。こうした健康に留意しなければならないお客様が私たちの場合、結構多いように思います。そういう大切なお客様に、お米だけじゃなくて、例えば稲刈りの写真を撮ったりして、新聞にして送ってあげたいなって思っています。「自分が食べているお米は、こういう場所でつくられているんだ」っていうのを知ってもらうことも、私たちの大切な仕事だと思っているんですよ。お米を通じて、鬼北を知って、感じていただけたら嬉しいですね。 -そういった喜びの声を聞くことによって、こちらも元気になりますね。 芝初美さん ―そうですね。顔は見えないけど、心が通じたような気がします。そういう大切なお客様の信頼を確かなものにするためにも、固定のお客様にしっかりと提供できる体制を作り上げることが何より大切ですね。私たちは、お米をきっかけに地元の活性化をしようっていうことで始めたので、普通だったら、「お米ができた」である程度満足なんですよね。でも、私たちの場合は、活性化に加えて、お客様の健康という重い責任も担っています。だから、私たちは、信頼を少しでも高めるために日々懸命に努力しています。
―たくさんあると思うのですが、鬼北町の魅力は何でしょうか? 芝初美さん ―やっぱり「地域のつながり」かな。たとえば、鬼北町でも奥地、道路からかなり奥まであがる秘境のようなところに、行商の魚屋さんが廻っているんです。お年寄りばかりの十数件の地域です。その方は、当たり前ですが魚を売りに行っているんですよ。でも、結局は、おじいちゃんやおばあちゃんの安全確認の意識の方が強くて。そういう横のつながりって結構あるんですよ。そういう話を聞くときに、「ああ、鬼北っていいなあ」って感じるんですよ。 -お二人の夢ってなんですか。 芝照雄さん ―僕は、いま作っているお米に関連するんだけど。ちょうど、息子が戻ってきたいって言うから、いまは兼業だけど、農業の方にももっと力を入れて、ここを「鬼っ米」の一大産地にしたいという気持ちがありますね。 -息子さん帰ってくるのは、うれしいですね。 芝照雄さん ―僕よりもじいちゃんが嬉しいみたい。じいちゃんが1代でたたき上げた財産だから。 芝初美さん ―実は、私、農業したことなくて「なんでこの年になってせんといけんの」と思ったんですけど、やっぱりお客さんに、「このお米をずっと続けていきたいので、よろしくお願いします」といった喜びの声を聞くと、お米作りを頑張っていきたいと思いますね。どぶろくも一緒です。主人も、全くの素人でしたが、いまでは、「どぶろくおいしかったよ」って言ってもらえるようになりました。その声で乗り越えられてきたようなものです。本業を引退したら、どぶろく中心で人間関係広げていきたいっていうのが夢だって言っています。単に「ああ、地元で年取ったね」だけじゃなくて、「鬼北での人生、ほんとによかったね、楽しかったね」って胸張って言えるようになりたいって、いつも二人で話しているんです。
 あと、主人は、低タンパク米の備蓄体制を整備したいって言っています。この前のような大きな地震がおきても、お客様の中心である患者さんが、問題なく食べられるように。あと、麺が食べたい、パンが食べたい、そういう人たちのために大きな工場で加工物を作れるようになりたいなって。そうなれば地域の雇用にもつながる。もちろん、自分だけではできないから、仲間を広げたいって。

 こないだも「ほんとやったら、今頃、温泉につかってるかもしれなかったのにねえ」って言いながら、どぶろくを屋台で売ってました。バカになりきって、楽しくイベントに参加していました。私たちのモットーが「バカになれ」なんですが、こうやって、自分たちが、いい意味でバカになりきれている瞬間を確実に積み重ねていくことが、地域の活性化、そして、お客様から、町内の皆様から、大きな信頼を得られることにつながっていくと思います。ちいさな一歩かもしれませんが、何事も踏み出さなければ始まりません。
 無理に背伸びをする必要はないと思うんです。鬼北には鬼北のいいところがいっぱいあるんですよ。そういった「鬼北らしさ」をカタチにして、多くのみなさんに伝えていきたいですね。


掲載日:2012年10月24日 取材者:A・K