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キッチン会議が地域力に!

山口由紀子さん 歩危マート
出尾宏二さん 四国旅客鉄道ワープ徳島支店池田営業所 (現:一般社団法人そらの郷)

山口由紀子さん、出尾宏二さん
 四国の地理的な中心、徳島県三好市にある大歩危(おおぼけ)峡は、風光明媚であることに加え、ラフティングやカヤックが楽しめるため、多くの観光客が訪れています。その一方、過疎化、高齢化が進み、交通の玄関口であるJR大歩危駅も無人化されました。しかし、地域の方々は、厳しい状況の中でも、決してネガティブになることなく「楽しむ活性化」を実践されています。地域の人が寄り集まって、ワイワイと楽しく飲みながら意見交換をする「キッチン会議」からは、JR大歩危駅活性化協議会が生まれ、地域の活性化に貢献しています。その中で中心的な役割を果たされている、地域の商店「歩危マート」の山口由紀子さんと、四国旅客鉄道(取材当時。現:一般社団法人そらの郷)の出尾宏二さんにお話をうかがってきました。
JR大歩危駅 -JR大歩危駅は無人駅ですが、とても居心地がいい空間ですね。 山口さん -ありがとうございます。大歩危駅は平成22年10月に無人駅になったのですが、この地域は駅とともに繁栄してきたこともあり、このままではいけないということで、JR大歩危駅活性化協議会を立ち上げました。協議会では、JRの協力も得ながら、このような交流スペースを設けたり、清掃活動を行ったりしています。 出尾さん -数年前まで特急もあまり停車していなかったのですが、観光客を増やそうという目的もあり、平成20年からほとんどの特急が大歩危駅に停車するようになりました。それを契機に地域の皆さんと協力しながら、地域の活性化に向けた活動を本格的に始めました。それがJR大歩危駅活性化協議会へと発展し、現在の活動につながっています。 大歩危の風景 -この大歩危地区が最も活力に満ちていた時はいつ頃ですか? 山口さん -昭和7年に鉄道(土讃線)が開通したときでしょうか。それから国道32号が開通して、高速道路もでき、車社会が進んだことで、少しずつ鉄道も地域自体も元気がなくなってきたような気がします。この周辺は鉄道開通まで何にもなかったんです。鉄道が通るということで、いろんな商店等も建ち始めました。鉄道開通とともに育ってきた地域と言えるかもしれません。

山口由紀子さん 出尾宏二さん 大歩危の風景 大歩危の風景大歩危の風景 -鉄道と地域の発展がリンクしているんですね。ところで、地域活性化のアイデアはどこから生まれているんですか? 山口さん -私たちも駅開業と同じくこちらに移ってきて、旅館を営業していました。そして時間を見つけては地域の皆さんと楽しくワイワイと飲んでいました。いつも最初はただ飲んでいるだけなのですが、いつの間にか「もっとこの地域をこうしたいね」といった話になっていきます。みんなで楽しく会話していたら、不思議と面白いアイデアが浮かんでくるんです。これが、私たちが呼んでいる通称「キッチン会議」です。 山口由紀子さん -キッチン会議が始まったきっかけはありますか? 山口さん -きっかけというより、昔からお酒が好きな人たちばかりがうちのキッチンに寄ってきていたんです(笑)。じいちゃんの時もそう、うちの主人になってもそう。この流れはじいちゃんの代から受け継いでいます。難しい話ではなく、お酒を囲む場が、気がついたら「キッチン会議」みたいな形になっていたんです。お酒を飲みながら、「こんなことしない?」といういろんなアイデアがでてきました。人数が多くないこともあって、ある程度の人が集まったら、「ほなやろか」って言って動きはじめるんです。「ほなやろか」がほとんどなんですが、こういうフットワークの軽さって大事なのかもしれないですね。キッチン会議の強みだと思います。なかには、会議の規模が大きくなったら組織を作らんといかんという声もあるんですが、それを作ったら自由がなくなるしね・・・ということで、いまでも「キッチン会議」の形態を維持しています。 山口由紀子さん 出尾さん -この地域は、組織のネットワークというより、人のネットワークができているんですよ。キッチン会議で「なんとかせえ」、「やろうや」って決まると、メンバーで役割を決めていきます。決めていくというよりは決まっていくというほうがふさわしいかもしれません。キッチン会議には、いろんな分野や立場の人がいますから、「それなら俺ができる」「私はこれをやる」っていう感じで、うまいこと役割が決まっていきます。加えて僕らがいつも感心するのは、「大人が真剣に遊んでる」っていうことなんですよ。こんな楽しいことがあるんだったら、やっぱり仲間に入りたくなる。楽しいことだから、義務感もないし、いい結果が期待できます。そこがポイントではないでしょうか。 大歩危の風景 大歩危の風景大歩危の風景 -日頃から地域で自然な形のネットワークができていることが大きいですね。 出尾さん -そうですね。さらに、このネットワークの強みはいい意味で輪郭がぼやけていることだと思います。固定されたメンバーということはないんです。イベントの種類に応じて、全然違う人が参加するキッチン会議になります。外部の人も受け入れます。そこもすごいですね。事業というよりも、みんなほんとに真剣に遊んでますよ。 山口さん -意識したことはなかったけど、出尾さんが言われるとおりかもしれませんね。型にはまっていないから、何でも早く決まるのかもしれません。あと、やはりこういうところ(キッチン会議)だからいいアイデアが生まれるんじゃないかということも言われたことがありました。 大歩危の風景 -県境にある坪尻駅でのイベントにも参加したという話を聞きました。 出尾さん -坪尻駅は山に囲まれていて、車で行くこともできない、いわゆる「秘境駅」としてマニアには知られています。今は乗降客ゼロです。その坪尻駅を盛り上げようと、キッチン会議に相談が持ち込まれました。そこでイベントをやろう、クリスマスコンサートをやろうということになり、、JR大歩危駅活性化協議会にも店を出してもらいました。 山口さん -お店といっても、ほとんど手作りでした。みんな「それしゃ」なんですよ。「それしゃ」とは、それぞれのメンバーが得意分野で活躍してもらうことです。大工もいれば、元役人もいる、産品を作る人もいます。そして、みんな言うこと聞かんのです(笑)。自分がこうしようと思ったら、それに集中しているから。横からいろいろ言うのではなく、「ええぞええぞ」って盛りたてたら結構いいものができるんです。 坪尻駅の風景 出尾さん -坪尻駅は今でこそ秘境駅と言われますが、昔は1日に70人くらい乗っていました。昔は近くに売店もあったんですよ。 山口さん -売店だけじゃなく宿もあったらしいです。坪尻駅でのイベントに参加しようと決めた後に、改めて坪尻駅について調べてみたんですよ。坪尻駅がまだ賑やかだった頃、学校に通うために駅を利用されていた先生がいらっしゃると聞いてお話を伺ってきました。お伺いすると、その方はとっても嬉しそうに当時の駅の思い出をたくさん話してくれました。単純に発車オーライではないんですよね。当時、駅は本当に人と深くかかわっていたんです。。坪尻駅に限らず、駅を利用するときに、何十万人、何千万人という人が、それぞれの想いを抱えながら出発、到着したんだろうかと思うと、すごいですよね。私、思うんです。「鉄道って、絶対人とつながってる」って。 坪尻駅の風景 -駅というのは、単なる人が乗り降りする場所じゃないんですね。 山口さん -全然違います。人なんですよ。駅は人です。 -大歩危駅も無人駅ですが、地域とのつながりのなかで、望ましい形で活用されているというのは、ひとつのモデルケースになりますよね。 坪尻駅の風景 出尾さん -そうですね。やり方によっては、秘境駅とも呼ばれる坪尻駅に人が来てくれたように、それぞれの特性を伸ばす工夫が僕らには必要ですね。どんな駅にも特性があり、魅力がある。そこをどう伸ばし、魅せていくかが重要だと思っています。それは駅に限らず、地域も一緒だと思います。 大歩危駅の看板

-ところで、山口さんが経営されている「歩危マート」についてもお伺いしたいと思います。こういったいわゆる過疎地域での経営のコツのようなものはありますか。
歩危マート看板 山口さん -経営は下手ですよ。近隣に大きなショッピングセンターもできましたし、過疎化も進んでいるから大変です。コツというほど立派なものではないかもしれませんが、「こういうものを皆さんに食べてもらいたい」といつも考えていること、そして、どうすればお客さんがにこにこ笑って帰ってくれるかなと考えています。 歩危マートの店内 歩危マートの店内歩危マートの店内 -お客さんに喜んでもらう、ということでしょうか。 山口さん -そうですね。並べている商品も楽しいものとか、ちょっと変わったものとか、いろいろあるんですが、従業員にも「自分たちもアイデアを出して楽しく働こうよ」って言っています。とにかくお客さんにはにこにこ笑ってもらおうって。
歩危マート看板 -経営面でモットーみたいなものはありますか? 山口さん -繰り返しになりますが、従業員には「お客さんには、とにかく笑って帰ってもらおう」と言っています。あと、「みんなは売る立場ではないよ、買う立場にならないとあかんよ。値段もそうつけな。」って言ってあります。お客さんの立場になって考えると、現状にどんどん疑問が出てくるはずで、疑問が出てきたらとことん考えようって言っています。その繰り返しが「自分が買う立場だったら、うれしいなと感じながら買える雰囲気づくり」につながるんだと考えています。

歩危マートスタッフ山口由紀子さん -従業員の方も本当に楽しそうな笑顔でしたね。 山口さん -うちの従業員はみんな真面目です。真面目な従業員が、どうやってお客さんを喜ばせるか、楽しんでもらうかを考えています。小さなことなんですが、たとえば帽子。バンダナなどは普通だから、ちょっと変わったことをやろうという話になって、帽子の前に、何か好きなものをつけようっていう話になりました。で、見てください。帽子の前に財布がついています。財布以外の人もいますよ。些細なことかもしれませんが、自分が楽しく働くことが、お客さんの笑顔にもつながるって思っているんです。 歩危マートの店内 -あと、大歩危には多くの外国の方が観光に来られますが、外国人に対して抵抗感はないですか? 山口さん -全くありません。いろんな国の人が来るので言葉を覚えるのは難しいけど、7ヶ国語の案内を国際交流関係の方が書いてくれています。それに、言葉がなくても通じるものがあるんですよね。お店にも外国の方がちょいちょい入って来て交流しています。キッチン会議ではありませんが、自然体で受け入れる土壌がこの地域には残っていて、それがいいところなんだと思います。駅も、このお店も、地域の人と観光客の交流スペースになればいいなと思っています。 歩危マート看板 -昔の駅のように、「歩危マート」が、人と人との接点を創り出す場なのかもしれませんね。 山口さん -そうですね。その役割を続けていきたいですね。 出尾さん -この地域は、意見も人も受け入れるという「懐の深さ」があると思います。外国のなかでも、特に欧米のお客様が多いんですが、よく彼らは、「この地域には、日本の、アジアの原風景が残っている」と口をそろえて言います。彼らが言う風景とは景観だけじゃないと思います。日本にもともとあった、ローカルな「人のつながり、ネットワークがある風景」を体験しにきているんだとも思います。 -そんな風景は、簡単に創り出すことができない地域の強みですね。 大歩危の風景 出尾さん -僕らがわかってなくても、外国人はたぶんよくわかっていて、この地域の価値を認めているんだと思います。僕らは、もう一度、自分たちが育んできたこのネットワークを見直さなければならないのかなと思います。だからここに来て、キッチン会議でワイワイやってるんですけどね(笑)。 -私たちがあまり気づかない「地域の良さ」ですね。 出尾さん -そうなんですよね。こんなにローカルなコミュニティがあって、僕らはそれを大事にしてるんだって、もっと誇ってもいいと思います。そして、外国人に向けて、その誇りについてしゃべることが、地域の誇りの再確認にもつながるのではと考えています。

大歩危の風景大歩危の風景

-山口さんのこれからの夢をお聞かせください。 山口さん -そんなに大きな夢はないんです。ここでにこにこして過ごせたらいいなと。毎日毎日笑いながら過ごしたいなと。それに尽きるんですよ。みんなが元気で、そして、ここで商売させていただけたらそれで十分です。私はこの地域、そして、キッチン会議を通じた「人とのつながり」をとても気に入っているんです。なかにはわずらわしいと思う人もいるかもしれませんが(笑)。出尾さんの話にもありましたが、この地域の素晴らしい風景は、目に見える風景に加えて、目に見えない人と人とのネットワークも、魅力的な風景のひとつだと思うんです。その魅力を「真剣に遊びながら」多くの方に伝えていけたらいいなと思います。
山口由紀子さん
掲載日:2013年6月14日 取材者:A・K