四国びと


お客様一人ひとりのために、私たちは挑戦し続けます

十河孝男さん 徳武産業株式会社 http://www.tokutake.co.jp/


 香川県さぬき市に高齢者向けのケアシューズ部門で日本一のシェアを誇り、お客様のニーズを最大限に追求し、社員個人あてに年間約1,000通のサンキューレターが届く徳武産業株式会社があります。同社は、片足販売やパーツオーダーシステムの導入など、業界の常識を覆す取り組みを実践するとともに、全社員が常にお客様のためにどうあるべきかを考え、お客様一人ひとりのために真心と感謝の気持ちをもって生き生きと働ける企業風土が培われています。
 このような取り組みが評価され、「第1回四国でいちばん大切にしたい会社大賞」において、四国経済産業局長賞を受賞した同社の代表取締役社長 十河孝男さんにお話をお伺いしました。


-十河社長が経営者になったきっかけを教えてください。 十河さん  地元の銀行で5年半勤めた後、叔父の経営する別の手袋製造会社に入社してすぐに工場立ち上げの責任者として韓国に赴任しました。ゼロからの立ち上げで資金や人材面でのリスクもあり、大変苦労しましたが、海外における経営や人事の基本をしっかりと学ぶことができました。4年後日本に戻り、専務として9年間働いていましたが、当社創業者の義父から突然、跡継ぎを懇願されたんです。それに応えることに決心しましたが、入社しないうちに義父が急逝したため、何ら引き継ぎも無いまま、37歳で社長に就任することになりました。

-当時の徳武産業はどうでしたか? 十河さん  当時は、社員のほとんどが年齢が高く、新しいことには取り組めず、自分にはプライドや焦りもあってか、社員とのトラブルや義母との軋轢などゴタゴタが絶えず、売上も低迷していました。
 そんなとき、先代の三回忌法要で、住職から助言されたんです。「先代と競争なんかしたらあかん。そのことがすべてを悪くしている。先代はあんたを信頼して命がけで経営を託したんや、感謝の気持ちを忘れたらあかん」と。それ以来、毎朝、先代のご仏前に挨拶と報告をしてから出勤し、地域や周囲には、感謝の気持ちをもって接するようになったんです。それからはゴタゴタも消え、会社の業績も徐々に改善していきました。この行動は間違いなく私を変えたし、義父がいつも側にいると思えるようになりましたね。

-「あゆみシューズ」が生まれるきっかけは何だったのですか? 十河さん  当社はルームシューズのOEMを中心に、旅行用スリッパの生産や学童用シューズのアッパー縫製などをしていました。ルームシューズのOEMにおいては、取引先の担当者が変わってからは関係がギクシャクし、売り上げも下がっていきました。学童用シューズにおいては、発注元の海外生産シフトがはじまりました。このまま下請けを続けていてはダメだと、その頃から自社ブランドの開発を模索し始めました。
 そんなとき、知り合いの高齢者施設の所長から高齢者用の靴を作って欲しいと頼まれたんです。施設では転倒事故が多く、その原因は履物にあるようだと。当時、当社には靴の知識は全くありませんでしたが、困っている人をなんとかしたいと、妻と二人で何度も施設に通い詰めました。神戸から靴の専門家にも来てもらって、通算500人ほどに試作モニターをしていただくなど、約2年間は新商品の開発に没頭し、会社はほとんど社員に任せっきりでした。
 気がつけば就任以来はじめての赤字を出し、若い社員も次々と辞めていきました。それでも諦めずに試行錯誤を重ね、1995年につま先上がりの軽くて高齢者が転倒しにくい「あゆみシューズ」が誕生しました。
 この「あゆみシューズ」の開発は、自社ブランド以上に、私に大切なことを気づかせてくれました。将来を託してくれた社員のためにも、経営者の力をもっと磨いていくことや、社員一人ひとりと向き合い任せながらも厳しく見守ることの大切さを学ばせてもらいました。 -社員さんと向き合い、人間力を高めるためにどのようなことを行っているのですか?  毎月、「私の挑戦」として、個人の目標設定と部署毎の経営計画を立て全社員で発表会を行い、早朝ミーティングを利用して、頻繁に進捗状況を確認し合っています。
 早朝の掃除や月刊誌「致知」の読書会など、人間力を高めるための活動も大切ですが、もっと大事なことは、「アレどうなってる?」と、社長と社員がアレで伝わる関係づくりであったり、社長は社員を信じて落ちこぼれを作らず、みんなが一緒に進めるよう全力で応援したりすることではないかと。
 また、年2回のボーナス時に社員一人ひとりに手書きのメッセージを渡しています。社員の誕生日には社長個人から誕生日プレゼントをして祝っています。決算賞与も毎回テーマを決めて渡しており、昨年は「親孝行をする」でした。家族みんなから、この会社で働いてきて良かったねと言ってもらうと、本人も会社もうれしいじゃないですか。
 経常利益が8%を超えた年は、会社が全額負担してアメリカ西海岸へ社員旅行に行きました。ここに社員を連れてくるのが夢だったんです。搭乗前、私と妻から社員に「素晴らしき夢を叶えてくれたみんなへ」という手紙を100ドルの小遣いと一緒に入れて渡したんです。みんな感動していました。 -みなさん本当に仲がいいんですね、社内結婚も多いんですか? 十河さん  社内結婚もありますが、当社は後から旦那さんが入社してくるケースが多いんです。「今しか入れんよ」って冗談で言っています。(笑)
 2012年に盛和塾(※)の世界大会で発表することになったときは、社員からもらった手紙を胸ポケットに入れて臨みました。発表時間には、社員全員が横浜の会場に向かって一斉に念を送ってくれたそうです。おかげで優秀賞をもらうことができました。
※盛和塾:京セラ株式会社の稲盛和夫名誉会長から人生哲学や経営哲学を学ぶための経営塾として、全国各地で開催(国内54塾、海外20塾、塾生9,273名(2014年5月末現在))。社員を大切にする経営など、いい会社づくりを目指す経営者が数多く参加している。


-「あゆみシューズ」の取り組みは社員の働きがいにも繋がっているんですね。 十河さん  老人施設では、建物や環境は充実していましたが、とても大切な家族や親子との絆が薄くなっているように感じたんです。自分たちにも何かできないかと、それで「真心のはがき」を出すようにしたんです。
 「真心のはがき」は、全社員が心を込めて交代で書いています。アンケートはがきと一緒に商品に同封していますが、感動されたお客様から年間約1,000通のお礼状が届くようになったんです。驚いたのは、そのほとんどが社員個人あてだったこと。これで社員がやる気にならないわけがないですよ。
 また、アンケートはがきをきっかけにして新しい商品やサービスも生まれていましたので、アンケートを書いて頂いたお客様には、2年間、誕生日プレゼントを贈るようにしました。


-「あゆみシューズ」の販売は当初から順調だったのですか? 十河さん  当初は全く売れませんでした。でも、ある夏祭りの日にあゆみシューズを履いたおばあさんから「この靴を履いて歩くのが楽しみでいつも枕元に置いているのよ。」と声をかけてもらい、心から喜んでいただいているのをみて、あゆみシューズは間違っていないと確信したんです。
 まず販売戦略を一から見直そうと、専門家のアドバイスで、約2,000通のカタログを各施設に送りました。通常より高いレスポンスはありましたが、利益には繋がりませんでした。
 思い悩んだ末に、施設に問い合わせてみたんです。そうしたら、商品の価値をよく理解して取り扱うかどうかの判断ができる担当者にはほとんど情報が届いていなかったんです。これではダメだということで、電話で商品PRができる仕組みを自社でつくって、きちんと判断が出来る施設の担当者の方をターゲットにしたテレマーケティングを約2年間、プロの方にお願いして行いました。これがきっかけで、あゆみシューズのコンセプトに共感する100社ぐらいの業者さんが取引口座を開設してくれました。普通だったら、担当者の連絡先を聞いて終わりじゃないですか。これがミソでしたね、その後の販路拡大に繋がっていきましたから。


-片足販売やパーツオーダーシステムはどういったいきさつから始まったのですか? 十河さん  モニター調査を通じ、高齢者の方からは、いくつか要望を頂いておりました。軽くて、明るい色で、踵がしっかりしていること、それから少しぐらい高くても左右サイズ違いを売ってほしいと。
 施設回りで見たお年寄りの足が思い出されました。高齢や病気で、むくみや変形のある方は、左右の大きさが違ってきます。負担のかかる片足だけが先に傷み、負担のない方の靴はきれいなのです。その現実に目を背けずに、お客様が望むなら、傷んだ方の片足でも販売しようと思ったんです。
 靴業界では常識外れなことだと専門家や社員からも止められました。でも、常にお客様のためにどうあるべきかを考えたかった。片足販売は潜在的なニーズだったんです。パーツオーダーシステムの導入も同じです。それが「あゆみシューズ」の原点なんだと。
 パーツオーダーシステムや特注商品の開発は、採算は合わないが、実は我々にとっては貴重な情報源となり、経験の蓄積にも繋がっているんです。それ以上に、自分の足で歩くことができる喜びを少しでも多くの方に提供していきたいんです。それは人間の尊厳にも繋がるものだから。



-これからのビジョンについてはどうお考えですか? 十河さん  これまでニッチなお客様をターゲットにサービスを充実させてきたことが、結果として多くの方の信頼を得ることに繋がり、こうして裾野を広げることができました。
 また、テレマーケティングの導入や海外工場の改革など、自社の取り組みに少しずつ改善を加えてきたこともここまで成長できた大きな要因だと思っています。
 2015年で社長を次世代に引き継ぐと決めており、5年前から経営計画で社員とも共有しています。これからは若い世代の社員たちが新たな感動を切り開いていってくれることを大いに期待しています。



掲載日:2014年8月27日 取材者:H・Y
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