四国びと


「虎斑竹」を世界へ

山岸義浩さん 竹虎(株式会社山岸竹材店)https://www.taketora.co.jp/


 高知県の須崎湾入口の太平洋に面した須崎市安和に創業明治27年の老舗竹屋の「竹虎」がある。国内はもとより海外からも注目される全国唯一の虎斑竹(とらふだけ)を育む静かでのどかな竹の里から、竹の老舗・専門店ならではの「竹のある暮らし」を提案している四代目山岸義浩さんにお話を伺いました。
-創業明治27年、今年で123年となりますが竹虎の歴史を教えて頂けますか。 山岸さん  元々は大阪市天王寺区で、明治27年に創業しました。竹材商として創業したんですけど、今から100年くらい前に「虎斑竹」という竹の存在を知って、初代の宇三郎が須崎市に竹を仕入れに来ていたんです。虎斑竹は表面にきれいな虎模様が出る竹で、全国でも須崎市安和の直径1.5㎞圏内にある特定の竹林でしか育ちません。他の土地で育成を試みても、虎模様が出てこない普通の竹になってしまいます。その竹を天王寺区の工場へ持って行って加工して、全国に販売するところから始まったんですけど、第2次大戦で天王寺区の工場が全部焼けてしまったんですよ。ただ、宇三郎が竹の仕入れに来ているうちに、ここで一番大きな山主の娘さんと出会って結婚していたので戦後はここに移住しました。ここにしか虎斑竹がないものですから、わざわざ天王寺区に帰る必要もないということで拠点を移して、それからはずっとここで営業しています。



-竹に関わることを意識し始めたのはいつごろですか? 山岸さん  小さい時から竹や竹細工に囲まれて、周りの職人さんも全部竹の関係の方ばっかりだったので自然に竹の道に入ったというか。実際、大学を卒業して帰って来たきっかけは工場の火災ですね。自分が火災の第一発見者になったことが直接のきっかけですが、いずれ帰って来て竹の仕事をやるしかないとは思ってましたね。

-工場の火災がきっかけですか? 山岸さん  ものすごい不思議な話なんですけど、昭和59年大学4年生の夏、すごい寝付きがいい僕がその日の夜は寝れなくてね。誰かが呼んでる声がずっと聞こえるんですよ。その日は雨が降っていたんですけど、傘もささずに真っ暗な工場に行ったら火事だったんです。竹は油分の多い植物で、後から消防の人に聞いたら化学工場みたいな火事で、水をかけても消えなかったらしいんです。次の日の昼まで燃えましたからね。それが直接のきっかけですかね。何か竹に呼ばれて、工場に行って自分に全焼を見せて、帰ってこいと言ったんだろうなと思うんですけどね。


-竹以外の仕事に就くことは考えなかったのですか? 山岸さん  中学・高校と全寮制で社会のことを全然知らなかったので、大学の4年間に、今よりも自由になるお金があるくらいものすごいアルバイトをしたんですよ。30種類くらい、いろんなことをしました。寮生活でテレビも見たことないし、本も読めないし、普通の若い人が知ってることを知らないんです。だからちょっとでも世の中のことを知りたいなと思い、大阪府へ出て色々やったんです。他の仕事でおもしろいことっていっぱいありましたけど就職しようとは思わなかったですね。

-それは小さいときからお祖父さん、お父さんの姿を見ているというのが大きいですか? 山岸さん  幼稚園に行く前から全国の竹屋を連れ回されたことも大きいですね。全国で行ったことのない県がないっていうくらいです。竹虎っていうのは田舎の竹屋ではあるんですけど、虎斑竹っていうのはここにしかないんですよ。虎斑竹で何か作りたい、やりたいっていうのは全部うちに注文が来るんです。その全国の竹屋さんとか職人さんと繋がっているということがうちの強みでしょうね。だからこんな田舎にありながら、竹の世界の中心でやっていける会社だという風に思ってます。

-竹虎の四代目として心がけたことはありますか? 山岸さん  竹の業界というのは斜陽産業ですから、これからあまり明るいビジョンを描きにくい仕事であり、業界です。しかも、まだまだ虎斑竹というのは人に知られていない。せっかく100年くらい続いてきた歴史があるじゃないですか。虎斑竹は江戸時代にずっと山内家の年貢として納められ藩令で禁制品に定められていた長い歴史、文化がある訳です。これを絶やすのはやっぱりもったいないなっていう思いはありましたね。


-インターネットで竹を紹介されているのが印象的でした。 山岸さん  まず皆さんが竹を知らないでしょ。2000年から毎年インターンシップに県内外の大学から来て頂くようになったんですけど、そのインターンシップに来た学生さんが「青竹踏み」っていう商品を知らなくて。それにショックを受けてね。
 そんな中、国際線のCAさんがブログに「青竹踏み」について書いたことがあったんです。CAさんが休憩の10分間に踏んだら、履いていた靴がまるで他人の靴みたいにブカブカになったっていう。CAさんは気圧のせいで凄く足がむくんだりするらしいんで、それをブログに書いて、火がついたんです。けど僕の感覚では、皆知ってて当たり前だと思っていました。やっぱり竹っていうのは知られてないんですよ。
 特に虎斑竹は、24,5年前にはイギリスのBBC放送が取材に来るような竹なんですけど地元の人すら知らない。なぜかというと、ここで生産しても消費地が東京都なんですよ。高知県の人にはほとんど目に触れられず運ばれて行く。それを何とかしたいと思ったら情報発信しないといけないけど、情報発信するにしても、ただ竹ですよって言っても誰も見ないでしょ。だから、見せる工夫です。それでもなかなか見てもらえないですけどね。

-新しい商品も作られているのでしょうか? 山岸さん  どんどん作っていますね。ベンチも作っていますし常に新しい物を作りたいなと思っています。

-新しい物として竹自動車を製作されたのはなぜですか? 山岸さん  それも全部情報発信ですよ。例えば竹細工とか竹製品とか、店に来てくれるお客さんには直接見てもらえますが、竹細工という物は動かない物なんですよ。でも車を作ったら自分からお客さんの中に行けるなというのが一つ。それと、インターネットと似ていますけど、当たり前のものを作っても誰にも見てもらえない。でも車を作ったとなるとメディアの方に取り上げてもらったり、全然関心のなかった方から「これ何?」って関心を持ってもらえる。あと平成28年にチャレンジラン横浜(※)というものに挑戦したんですけど、電気自動車なので充電のポイントが全部コンビニなんですよ。コンビニで止まっていると、多くの人が集まってくるんです。その時に竹でこんなことが出来るんだとか、竹って強くて軽いとか、そういった説明が出来るんです。

※電気自動車をベースに作成した日本唯一の虎竹自動車(竹トラッカー)で、高知県須崎市安和の虎竹の里から神奈川県横浜市まで約1000キロを11日間で走破するクラウドファンディングを活用したプロジェクト。



-コンビニだと老若男女いろいろな方が目にしますね。 山岸さん  そうそう。皆さん来られて「これ一体なんですか?」って聞いてくれる。こんな色の竹を見たことないので、竹で出来ているとは思わない。そこから始まりますからね、竹の説明とかって。そのためのツールですね。

-横浜市まで1000㎞走行できるぐらい竹が強いということにびっくりしました。 山岸さん  接着剤も使わずに竹の弾力だけで編み込んでいるんですよ。そういった説明をするんです。丸いままでは硬いけど、薄くすると弾力が出る訳です。その弾力だけで組み合わせて作っているんです。それで1000㎞走破しましたから。全然編み込みが狂わないのが竹の強さ、魅力ですよね。剛と柔と両方を併せ持つ本当に特殊なすばらしい素材です。



-コンビニで充電していると多くの人がSNSで情報発信してくれますね。 山岸さん  そうですね。Facebookもやっているんですが、今日も4時間前にあげたものが「1550いいね」で、割とたくさんの方が見てくれている。田舎の会社で発信できる物があれば、何でも出来るっていう良い時代になりましたね。今はたくさんの人に見てもらえる。そこがすごいところですよね。田舎の四国の会社でもいろんな可能性があるっていうのはこのあたりですね。おもしろい。
-いち早くSNSを取り入れたんですね。 山岸さん  ホームページを作ったのは1997年です。それしか活路がなかったんですよね。それしかないと思っていましたから、経営者の努力だけでやれることっていうのは。インターネットはお金がかからないところが良いですね。Facebookも1回使ったら何円っていうものだったら使えないけど、タダですから。
-インターネットだと海外にも発信ができますね。 山岸さん  最近は「いいね」してくれているのも海外の方が多い。言葉は通じないけど、どこに行っても竹は通じる。メキシコで開催される「WBC」(ワールド・バンブー・コングレス)に日本人でただ一人呼んで頂けるっていうのも、ネットで竹を見てくれているんだと思うんですよ。こんな田舎ですから、もっと大きな会社も他にたくさんありますからね。



-2018年2月にメキシコで開催される「WBC」とは? 山岸さん  「WBC」は世界の竹の研究者が集まって、3年に1回開催されている竹のオリンピックみたいなものですかね。今回で11回目なので30年といった歴史があり、2月にメキシコのハラパで開催されます。竹といっても、衣食住いろんなことがあるんですよ。全てに関わっているので、繊維もあれば、食で筍を食べる、インドネシアでは全部竹で作る家なんかもありますからね。そうやって衣食住全部に関わっているんです。そんな様々な研究者が一同に集い、いろんなテーマがあるんですけど、皆さんの思いは一つですよ。やっぱり地球温暖化であったり、環境問題であったり、共通していると思うし、そこに竹が活用できるはずだという大きなテーマがありますね。

-最後に今後の目標は? 山岸さん  とりあえず2018年の「WBC」の成功ですね。竹トラッカーをメキシコに持って行って走らせたいです。「WBC」に参加することによって、会社としてやろうとしていることであったり、日本の竹の現状をたくさんの方に知ってもらったりするきっかけにもなるし、いろんな方を巻き込みながら、竹を少しでも多くの方に知ってもらえるように、2018年も頑張っていきたいというのが、当面の目標です。


掲載日:2018年1月17日 取材者:N・T
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