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在宅医療の現場から。とにかく創(はじ)めてみる、そして、続けていく!

大原昌樹さん 綾川町国民健康保険陶病院 http://www.sue-hp.jp/

篠岡有雅さん 綾川町健康福祉課地域包括支援センター https://www.town.ayagawa.lg.jp/

香川県のほぼ中央に位置する綾川町は、緑豊かな美しい自然が広がる、人口約24千人の町で、「讃岐うどん発祥の地」としても知られています。その町で地域に寄り添い、医療と介護をつなぐ多職種連携を進めながら、在宅医療に30年近く取り組まれている、綾川町国民健康保険陶病院病院長の大原昌樹さんと、地域の現場で住民が主役となる活動を支えている、綾川町健康福祉課地域包括支援センター事務次長(保健師)の篠岡有雅さんにお話を伺いました。

-大原先生が、地域医療や在宅医療に積極的に取り組むようになったきっかけを教えてください。

大原さん

高校生の頃までは、こんな医者になりたいというのは特になかったんですよね。自治医科大学に入ってから、実習生として、毎年夏になると香川県三豊市の粟島診療所や済生丸(瀬戸内海巡回診療船)で島しょ部を回ったり、年3回は新潟県南魚沼市にある、ゆきぐに大和病院に行って、現場を学ぶようになりました。ゆきぐに大和病院は、地域医療の先駆けのようなところで、院長の黒岩先生をはじめ、まわりで働く看護師さんや保健師さんは在宅医療に熱心な方が多かったんです。大学内でも先輩が始めた自主講座の企画を任されていたので、在宅医療に関わるテーマをよく取り上げていました。今思えば、その頃が在宅医療や訪問介護の創成期で、学生時代の経験や活動があったからこそ、地域医療や在宅医療を強く意識するようになったのかもしれません。

-現在の陶病院に勤める前から在宅医療に取り組んでいたのですか。

大原さん

最初の勤務地となった香川県立中央病院では、「将来は在宅医療にも取り組めるように」と専門は内科を希望しました。三豊総合病院に移ってからは、当時の院長から「地域で役立つことは何でもやりなさい」と指導されていたので、在宅医療にも積極的に関わることができました。三豊総合病院は、在宅医療にも早くから取り組んでいて、当時は訪問診療を始めたばかりでしたね。

また、病院内では、予防と介護を担当する健康増進部という部署があり、ソーシャルワーカーと医師・看護師が一緒になって住民向けの健康教室を開くなど、地域に役立つことを積極的にやっていました。多職種との連携は当時としては全国的にも珍しい取組で、そうした活動に医師として参加できることがとても嬉しかったですね。そこで18年勤めて、2005年に病院長として陶病院に来てからも在宅医療を続けています。

-在宅医療に携わられてどのようなことを感じていますか。

大原さん

在宅医療を始めた頃は看護師長さんと一緒に患者さんのお宅を訪問して、褥瘡(じょくそう)の処置から管の入れ替えまで何でもやりました。当時は、現場で使用できる器具も限られていたので、点滴台として家にあるハンガーを利用したり、足りないものは現場で工夫していましたよ。経験を積んでいくことで、在宅医療の重要性を肌で感じることができたような気がします。同じ病気でも患者さんによって、在宅医療の現場はまったく違います。住んでいる環境や家族構成から考え方まで。認知症で大声を出す人がいたり・・・。そこに多様性があるからこそ、医師としての醍醐味があると思っています。

-病院で行う治療とは違うんですね。大原先生はケアマネジャーの資格も取られて、香川県介護支援専門協議会の会長もされていますが、どうしてですか。

大原さん

病院で行う治療は、入院期間に限られますが、在宅医療では、治療だけではない生活のケアを含めた総合的な診療が必要になってきます。暮らしや家族構成など様々な要素を考慮して、その人らしい人生が送れるように、多職種の専門家がチームを組んで、患者さん一人ひとりにあった生活のケアを考えていきますが、そこにはケアマネジャーさんの存在が欠かせません。医師として関わることで、現場の関係者がうまく連携し合えるように環境を整えていきたいと思っています。

-陶病院のある綾川町では、医療と介護の連携で先進的な取組を行っていると聞いています。その特徴を教えてもらえますか。

大原さん

特徴としては、介護予防サポーター活動の取組がうまく機能していることです。約400名の方が介護予防サポーターとして登録され、そのうち半数近くの方が地域の活動に何かしら関わっています。ほかの地域でもサポーター活動はありますが、登録だけで終わってしまっているとよく聞きます。綾川町では、地域住民が主体的に参加し、会長職から運営委員会まで、すべて自分たちでやっているので、メンバーが入れ替わっても継続していけるような仕組みになっています。その仕組みづくりや活動を下支えしているのが、地域包括支援センターの保健師さんたちなんですよ。

-もともと綾川町の土地柄として、地域の連帯感があったからうまくいっているのでしょうか。

大原さん

地域の連帯感はあったかもしれませんが、うまくいっている理由はそれだけではないと思います。地域に貢献したい人はたくさんいるけど、どうやって地域に参加したらいいかがわからないだけで、重要なことは、せっかく養成したサポーターさんたちを、いかに主体的に参加してもらえる人材につなげられるか、ということなんです。

また、活動の立ち上げ当初から関わっている保健師の篠岡さんは、黒子に徹し現場を盛り上げるのが本当にうまいです。サポーターさんや関係者のみなさんがやる気にさせられていますが、私もその一人です。保健師さんたちの熱意が、まわりの関係者を動かしているんです。予算が無くても、みんなの力を最大限に引き出して、協力してもらえる関係をつくっていくことが大事なんですね。「熱心にやる人がいれば地域は変わってくるんだ」ということを実感しています。


-篠岡さんは、介護予防サポーター活動の立ち上げ当初から関わっているそうですが、成功の要因は何ですか。

篠岡さん

参加者の方に主体的に動いてもらうことです。そのためには、まず参加者同士で、顔の見える関係をつくることが大事なんです。年8回の講座も月1回、2時間程度に分けることで、参加もしやすくなり、毎月、顔を合わせることにもなります。グループワークも行うので、初めて参加する方でも終わる頃には会話が弾んでいますよ。

また、毎年、サポーター全員に活動希望調査を行っています。「今年はお休みしたい」という方もいるので、そういったことが希望調査でわかると、逆に「いつでも参加してくださいね」という声掛けにもつながったりするんです。2012年に介護支援ボランティアのポイント制(※)を導入しましたが、これもボランティアが定着するひとつの仕掛けにもなっています。

※高齢者が介護保険施設等でボランティア活動を行った場合に、「ポイント」が得られ、貯まった「ポイント」に応じて換金できる仕組み。


-介護予防サポーターさんたちの存在自体が、地域の課題解決にもつながっているんですね。

篠岡さん

サポーターさんは、介護予防に限らず、子供たちのことまで地域の課題に目を向けて、幅広い視点で一緒になって考えていただけるので、今では頼れる存在となっています。何かを募集するときや、困ったときにも一番協力的に動いてくれるんです。2015年度から「ほっとか連とこ100歳体操」をやっていますが、この活動も「地域で集まる機会をつくりたい」というサポーターさんたちの問題意識の解決策の一端となっています。

また、地域医療の現場では、サポーターさんたちが高齢者の心の支えにもなっています。認知症や重度の介護が必要で、なかなか介護保険サービスにつながらなかった人には、サポーターさんたちが信頼関係をつくって、いわばインフォーマルなサービスとして動いてくれたり、高齢者の方が施設に入居されても、施設への訪問や傾聴活動にて、地域の風を入れてあげたりと、「入居しても終わりではない」、そんな関係にもつながっているんです。


-今後、地域ではどのような人材が必要になってくると思われますか。

大原さん

篠岡さんが活躍されているように、これからは、地域に関わるノウハウを持った専門職の人材育成がますます重要になってくると思います。地域医療の現場は一人ではできません。まわりを巻き込んでいったり、地域をうまくコーディネートしていく力も必要なんです。そういう意味では、経済産業省の「健康寿命延伸産業創出推進事業」に採択され、島根県雲南市からはじまった「コミュニティナース」の活動にも注目しています。


-2017年度、医療介護福祉の現場の方と企業との出会いや気づきの場として、四国経済産業局主催で「コメディカル・カフェ」というワークショップを企画させていただきましたが、参加してみてどうでしたか。

大原さん

イノベーターとして参加された、NPO法人スローレーベルの栗栖良依(くりすよしえ)さんのお話がとても印象に残っています。ご自身が障害を持ちながらも異分野をつなぎ、これまでの障害者関連事業からは想像もつかないことをされていて・・・。企業さんとの交流は、医療介護福祉の関係者にとっては、新たな視点での気づきや発見があり、とてもよい機会になったと思います。これからも業界以外のいろんな分野の方々との交流を継続していきたいですね。


-大原先生が大切にされていることは何ですか。

大原さん

やりはじめたことは、とにかくあきらめず、継続していくことを心がけています。聖路加国際病院名誉院長でいらっしゃった日野原先生が「何かいいと思ったことは、まず創(はじ)めてみることが大事だ」と、いつもおっしゃっていました。なかなかうまくいかないことも多いのですが、とにかく創めてみる、そして、続けていく、ということを大事にしています。

-これまでの取組の中で、何か印象に残っていることはありますか。

大原さん

痰があふれ出るほどの重症で寝たきりになっていたおじいさんがいらっしゃったのですが、一度も入院することなく在宅で最期を迎えることができたんです。実は、その方には介護が必要な腰の曲がった90歳ぐらいの奥様もいらっしゃったんです。そのため、毎日のように、看護師さんや介護の方、近所の方がお家に訪ねてきてくれていたんですよね。それがエネルギーになっていたのかもしれません・・・。在宅だったからこそ、何か見えない力が働いていたんだと思います。

また、自分の最期を決めておくことで、「こんなにも前向きに人生を送ることができるのか」と思わせてくれるおばあさんがいます。「自分の最期は延命措置をしないでください」と自分の逝き方をノートに書いて持ってこられるんです。しかも、「先生、忘れたらいかんから」と毎年。「元気なうちにやりたいことはやっておきたい」と、70歳でパソコン教室に通って絵を描くことを覚えたそうで、いつも素敵な絵を描いて持ってきてくれるんです。足腰が弱ってからも、大好きなクラシックピアノのコンサートに、遠方まで出かけられています。「コンサートなら息子夫婦も誘って一緒に食事も楽しめるから、デイサービスよりもそっちにお金を使った方がいい」と。その方が来られるだけで、ふわっと病院も明るくなるんですよ。

-大原先生の原動力となっているのは何ですか。また、先生にとって在宅医療とは、どういうものですか。

大原さん

患者さんに喜んでもらえること、患者さんや家族の方の笑顔を見られることが、私の一番の原動力になっています。

「医師になってよかったな」という充実感がありますね。また、自分がやりはじめたことに関係者のみなさんが協力してくれていることや、地域がまとまってきていることが本当に嬉しいんです。地域のために何か一緒にやっていくことや、自分にできることがあれば応援していこうというのが、私の信念であり、生きがいでもあります。ほかの地域でがんばっている仲間をみると、「自分ももっとがんばらないといけないな」という気になります。これからも在宅医療に関わる医師として、地域に必要な取組の実現に向けて、とにかくチャレンジし続けていきたいと思っています。

掲載日:2018年12月3日 取材者:Y・H