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伝統的工芸品 |
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長い歴史を有し、それぞれの地域の風土、生活の中で育まれてきた伝統的工芸品は我が国固有の財産です。用と美を兼ね備えた生活用品として愛用され、手づくりの温もりが感じられる伝統的工芸品は、近年のゆとりと豊かさ思考が高まる中で潤いを与えてくれる貴重な存在といえます。
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一般的な「工芸品」とは異なり、伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)に基づき経済産業大臣が指定した工芸品を「伝統的工芸品」と言います。指定されるためには、以下の条件を備えていることが必要とされます。 1.主として日常生活の中で使われているものであること。 現在全国で211品目(H23.4現在)が「伝統的工芸品」として指定されています。
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四国経済産業局管内には9品目(H23.4現在)の伝統的工芸品があります。 【徳島県】 |
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○阿波和紙○ 阿波和紙の始まりは、今から約1300年ほど前、忌部族という朝廷に仕えていた人たちが、麻や楮を植えて紙や布の製造をさかんにしたとの記録が古語拾遺(807年)に見られ、以来、忌部族の始祖天日鷲命を紙の始祖神として崇め祭ることにより、その
技術が伝承され現在に至っています。
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○阿波正藍しじら織○ 阿波しじら織は、明治初年に海部ハナという人が寛政年間(1789〜1801年)に阿波地方で盛んに織られていた「たたえ織」という木綿縞に、改良工夫を加えて織り始めたものです。天然の植物性の藍(阿波藍)で染めた、綿織物で、「しぼ」のある肌ざわりと清涼感をもつ夏季衣料として最適のものです。
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○大谷焼○ 安永9年(1780年)に豊後の国の焼物細工師・文右衛門が大谷村において作ったのが起源と伝えられています。阿波藍を寝かせるための大甕が盛んに焼かれ、今も身の丈程もある甕や睡蓮鉢の大物陶器の大きさとそれを焼く登り窯は日本一と
評されています。
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【香川県】 |
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○香川漆器○ 香川漆器は江戸時代後期(1772年〜)玉緒象谷翁により蒟醤、存清など中国伝来の漆器技法を研究し、わが国古来の技法を加味して漆塗技法の新しい分野を開拓しました。その技法を継承し現在高松市を中心に、特色ある漆器が数多く生産されており、それらを総称して「香川漆器」と呼んでいます。
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○丸亀うちわ○ 四国の金毘羅参りの土産物として丸金印入りの渋うちわが考案されました。江戸時代中頃には、丸亀藩が藩士の内職として勧めたことで、今日のうちわ作りの土台ができました。全国のうちわ生産量の約90%を占めています。
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【愛媛県】 |
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○砥部焼○ 安永6年(1777年)に大洲藩主加藤泰公が、地元の砥石を原料に肥前の陶工を雇い入れたのが始まりです。
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○大洲和紙○ 伊予の紙は延喜式に出てきます。史実では、元禄年間(1688年〜1704年)に善之進なる僧が来村し、大洲藩紙漉の師として、その技術を指導し、藩内産業として繁栄したとあります。
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【高知県】 |
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○土佐和紙○ 土佐和紙の起源は、平安時代の延喜式に献上品として土佐の名が出ています。その時代にはすでに和紙の産地が形成されていたようです。その後も和紙づくりは自然的背景に恵まれて栄え、江戸時代には土佐七色紙が徳川幕府に献上されています。全国における和紙先進県に位置し、その伝統は守り継がれています。
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○土佐打刃物○ 天正18年(1590年)土佐一国を総地検した、長宗我部地検帳に、399軒の鍛冶屋がいたことが記されています。藩の森林資源の確保および新田開発の振興策の遂行により、農・林業用刃物の需要が拡大し、土佐打刃物は生産量・品質ともに格段に向上しました。
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○伝統的工芸品産業支援補助金制度 伝統的工芸品産業の振興を図ることを目的に、伝産法に基づく各種計画の認定を受けた組合、団体及び事業者等が実施する事業の一部を補助しています。 ○伝統的工芸品産業功労者表彰制度 伝統的工芸品の国民生活への一層の浸透及び伝統的工芸品産業に携わる方々の意識の高揚を図ることを目的に、伝統的工芸品産業の振興に関し顕著な功労があった個人・団体を表彰しています。
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四国各県の伝統的工芸品サイト ○徳島県 ○香川県 ○高知県
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四国経済産業局 地域経済部 製造産業課 |
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