柔らかな生地がピタリと手にフィットする手袋「佩」。50年以上手袋作りに従事する熟練した職人が、企画から縫製まで携わり、2018年の発売からじわじわとファンを増やし続ける手袋ブランドだ。手掛けるのは、1939年創業、従業員4人の小規模手袋・縫製雑貨メーカー「江本手袋株式会社」。
所在地の香川県東かがわ市は、130年の歴史をもつ全国シェア9割を占める手袋の産地で、現在50社程の事業所が存在する。そんな手袋の町の産業は、日本各地の地場産業と同様に消費者需要の変化や経済のグローバル化を背景に、縮小の一途をたどっている。
江本手袋三代目の江本昌弘(まさひろ)氏が代表に就任後の2016年、売り上げの8割を占める取引先が倒産。廃業危機をきっかけに企業理念を再構築し、生まれたのが自社ブランド「佩」である。
手袋づくりが盛んな香川ならではの方言「手袋を履く」に由来する「佩」は、手袋をはじめとした、全12種類の縫製雑貨から成る。
受注生産を採用することで全25色まで展開。流通の過程で発生する経費がない分、素材にコストをかけ、ウール100パーセントの最高グレードの生地を使用している。「手袋職人が突き詰めた『気持ち良い履き心地』を体験してほしい」と、手頃な価格で高品質な製品を提供する。2022年に始めたオーダーメイド手袋の受注は、職人の技術を目の当たりにし感動した来客の声から生まれた。自社ブランドを持つまで当たり前のことだと思っていた職人の技術は、実は稀有だと気が付くことが多いという。
1㎜程の縫い代を残し、直線とカーブを組み合わせミシンで立体的に縫い上げる手袋縫製は、縫製の中で最も難しく技術力が必要とされ、3年から5年をかけ一人前の技術を習得できる手袋の町で培われた貴重な技術だ。「職人を守り育てる」がコンセプトの「佩」は、職人の育成を目的とし、裁断、縫製、仕上げから成る全15工程をすべて自社で行い、職人の生活を守るために従来の工賃を1.5倍に上げた。そして「佩」をはじめとした事業の発展を通して江本代表が実現しようとするのは、メーカー発の地域活性化である。
江本手袋は自社の成長とまちづくりが一体となった「手袋職人の聖地をつくる」ことをビジョンとする。モデルは、1978年創業イタリアの伝統的な技術を用いたカシミヤニットブランド「ブルネロ・クチネリ」。地域や働く人の尊厳を大切にする「人間主義的経営」の経営哲学と取り組みは、近年ファッションのカテゴリーを越え世界中から注目されている。
経営ビジョンの根幹となるのは「人らしく生きるものづくりで、喜び合える地域社会を創る」という経営理念。地域住民が安心して働ける産業を創ろうと東かがわの手袋産業が始まったこと。そして歴代代表が、地元の外注先を大切にする経営方針だったことに起因する。2021年には、50年ぶりに職人をめざす新入社員を採用した。職人こそが宝物だと折々に語る江本代表は、地元の服飾学校と連携し、職人を講師とするなど、職人が誇りをもって働ける場づくりにも力を入れている。
新たな取り組みも広がりを見せている。南米ベネズエラで始まった、障害の有無に関わらずすべての子どもが参加できるインクルーシブな芸術活動である「ホワイトハンドコーラス」。耳の聞こえない子どもたちを中心に結成された楽団「東京ホワイトハンドコーラス」に参加する子供たちの小さな手にぴったりと合う手袋を作れる業者を探すというテレビ番組の企画をきっかけに、江本手袋の職人との出会いが生まれた。繊細な手の動きだけで音楽を表現する「ホワイトハンドコーラス」にとって手にぴったりと合う白い手袋はとても重要なツールとなっている。江本手袋の手袋を履き活躍の場を広げる子ども達は、来年、ウィーンでの公演が決まっている。
また、新商品の着物の帯を使った手袋は、高い技術力があるからこそ実現可能となった商品だ。何千本ものシルクで織られた着物の帯は、通常は裁断するだけで糸がほつれてしまう。その生地を手袋の形に裁断し、高い技術力で縫い合わせてできる手袋は、日本の伝統文化や日本らしい美しさ華やかさを演出する。四国発の地域一体型オープンファクトリーイベント「CRASSO/2023」にも参加し、手袋製造産地の観光資源化も見据えている。オープンファクトリーとは、工場を一般に開放し、製造過程を見てもらう工場見学のイベント。近年では、企業単独ではなく地域内の複数の企業が一体となって開催することで、地域の新たな魅力発信の機会や企業の付加価値向上にもつながっている。
「手袋職人が活き活きと働き、手袋の聖地として全国からたくさんの人が東かがわ市を訪れる、そんな未来を描いています。手袋職人になりたい若者を地域に増やし、手袋産業を持続可能な産業として残していくために日本で唯一の手袋産地であることを活かし、オープンファクトリーなど、体験型観光プログラムの構築にも力を入れていきます」そう晴れやかに語る江本代表は、さらなる企業ビジョンの実現を追求している。
下の画像をクリック(タップ)すると拡大します。
※掲載の内容は、令和5年10月20日現在のものです。また、提供データ、画像を含みます。
日本における繊維産業は、担い手不足や海外生産拠点の増加、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出機会の減少のほか、責任あるサプライチェーン管理やサーキュラーエコノミーの推進などのサステナビリティへの対応が求められるなど、転換期にある。こうした繊維産業における環境変化を踏まえ、経済産業省は、5つの分野(1.サステナビリティ、2.デジタル化、3.技術力やデザイン力による付加価値の創出(古い織機で高付加価値品を製造 等)、4.新規性のある事業・サービスの展開(DtoC、産地企業による独自ブランド、異業種連携 等)、5.海外展開)において、優れた技術力やデザイン力を持つ企業や、優れた取組をしている企業の取組が広く認知され、さらなる新しい連携・製品開発等を推進することが可能となるよう、「次代を担う繊維産業企業100選」として選定している。
同社は、「サステナビリティ(労働環境配慮)」が評価され、選定された。