上履きは、子どもたちの学校生活に欠かせないアイテムの1つ。1日のうちに1番長く着用するからこそ、品質にこだわることで2021年に誕生したのが、オリジナルシューズ「TADASHI(タダシ)」である。上品なパステルカラーのトゥガードや、すっきりとしたフォルムなど、スタイリッシュなデザインが目を引く。
手がけるのは香川県さぬき市大川町の「樫原工業」。さぬき市の地場産業である手袋縫製を行う「樫原縫製工場」として1962年に創業し、国内メーカーの上履き用アッパーの縫製も受注するようになり現在の会社を1977年に設立。前身の縫製工場時代も含めると半世紀近く、上履きの縫製を行っている。
「TADASHI」は、2019年に代表取締役に就任した樫原 拓史 氏が、祖父であり創業者の樫原 正 氏の「子どもたちが安心して履ける上履きを作り続ける」という思いを受け継ぎ生まれた。シューズづくりを見直し、これまで主流であった大量生産ではなく、職人が1足ずつゴム底をつける加工を施している。「小さな足への負担を少しでも減らせるよう、機能性と履き心地を高めるために出来ることは全て取り入れた」という樫原代表の言葉通り、洗練された見た目だけではなく、現代の子どもの足に合うようシューズとしての機能を追求した。
扁平足予防のために土踏まず部分にクッションをいれたり、靴のねじれを防ぎ歩行を助長するパーツ「シャンク」を採用したりとこれまでの上履きにはない構造を採用。靴底のゴムの使用量を減らすことで、重さも半分ほどになった。負荷のかかりやすい箇所は縫製をより行うことでしっかりと補強し、つまずきづらくするためにヒール部分の角を手作業でカットするなど職人による丁寧な加工が施されている。
きっかけは、新型コロナの影響で経営の不安定さを目の当たりにしたこと。同じ状況下にいた香川県中小企業家同友会に所属する繊維メーカーと悩みを共にしたことが、ブランド立ち上げの大きな後押しになっている。メンバーと情報交換や議論を重ねる中、自社製品を作り会社を消費者に知ってもらうことが必要だと思い至り、自社製品開発にとどまらず本社内にファクトリーショップも設けるようになった。苦境をきっかけに生まれたつながりは、瀬戸内地域の地場産業を担うものづくりメーカーの団体「セトウチメーカーズ」へと発展。地域一体型オープンファクトリー「CRASSO(クラッソ)」で中心的な役割を果たし、大阪・万博共創チャレンジに参画するなど広がりを見せている。
新たな挑戦の後押しをしているのは、同業の仲間だけではない。ミドル世代を中心とした充実した社内人材もあげられる。2021年に地元メディアへの出演をきっかけに応募が相次ぎ、それまで平均60代だった年齢層が30から50代へと新陳代謝した。「ものづくりに関わる仕事がしたかった」「社員が仲良く明るく、分からないことがあっても聞きやすい」と口々に語るスタッフの表情は晴れやかだ。香川県の「子育て行動計画策定企業認証」や「かがわ働き方改革推進宣言」に登録するなど、働きやすい環境づくりにも余念がない。
「人材育成がすごくうまくいっているなと思います。スタッフが自主的にクラウドを活用しスマホ片手に情報共有したり教えあったりして、みんなで一緒に成長している」そんな雰囲気が、次なる挑戦の土台となっている。
2024年2月にスタートした新サービス「TADASHIのあしあと」は、上履きの定額サービスという業界初の試みだ。社内人材が充実したことで、自社製ソールづくりの準備も進め、全ての工程を自社で行うオリジナル製品の展開を見据える。
「ゆくゆくは、廃校を利用して上履き博物館を作りたい。町中に各パーツの工場を点在させ、校舎では完成品を見てもらう。工場を見て回ることで自然と町を回遊してもらいたい」と樫原代表が描く将来図は地域と一体になった会社の発展がある。CSV 経営にも通じる計画の根底にあるのは「子どもたちが歩きたくなる未来をつくる」という経営理念だ。
「子どもたちがワクワクする未来を描くためには、子どもたちが憧れるような、仕事や暮らしを楽しむ大人の姿、ともに支えあえる豊かな地域社会を見せ、つくっていくことが大切だと考えています」社員同士が助け合い成長していくことや、視野を広げて地域社会も含めた視点で経営を考えていくことを、製品づくりと同じように大切に考えているのは、この理念があるからこそ。コロナ禍での危機をきっかけに、エンドユーザーひいては地域社会へと視野を広げる縫製工場の挑戦に今後も注目したい。
下の画像をクリック(タップ)すると拡大します。
※掲載の内容は、令和6年5月20日現在のものです。また、提供データ、画像を含みます。
新市場進出、事業・業種転換、事業再編、国内回帰又はこれらの取組を通じた規模の拡大等、思い切った事業再構築に意欲を有する中小企業等の挑戦を支援する補助事業。