
世界規模で成長が見込まれる宇宙産業は、特に衛星分野において民間企業の参入が進み、小型衛星の打ち上げが加速している。新たな可能性が開かれる一方で、運用を終えた衛星がスペースデブリ(宇宙ゴミ)として軌道上に残り続けており、大きな課題となっている。そのため、各国では衛星を寿命末期に大気圏へ安全に再突入させ、燃焼させる方針が広がっている。
こうした状況のなか、愛媛県のカミ商事株式会社が開発した新素材「アモルセル®」が注目を集めている。アモルセル®は植物由来100パーセントで、有害ガスを排出せずに完全燃焼できるうえ、軽量かつ高強度という宇宙用途に求められる特性を兼ね備える。比類ない特性を持つ「アモルセル®」は、デブリ低減に貢献する新素材として期待される。
開発元であるカミ商事は、国内屈指の紙産業の集積地、四国中央市に本社を置く紙の総合メーカーだ。1962年の設立以来、原料調達から研究開発、製造加工、物流まで一貫した事業を展開してきた。画期的な新素材の基盤となったのは、紙の原料でもある植物由来のセルロースを加工する研究である。「人口減少に伴い市場縮小を見据え、セルロースナノファイバー(以下、CNF)の研究開発に取り組み始めました。これまで中心だった消耗材とは全く異なる分野への挑戦です」と、代表取締役社長の井川博明氏は語る。

CNFは、木材の繊維をナノサイズまで微細化した次世代バイオ素材のこと。鉄の5分の1の軽さで5倍の強度を持ち、高い弾性やガスバリア性などの優れた特性を発揮すると期待されている。一方で、CNF単体で加工すると、製造の手間とコストが高いことから、近年はプラスチックと混合する研究が主流となっている。
カミ商事は2018年から、CNFの特性を生かすため、CNF単体での製品開発に取り組んできた。2022年からは、株式会社山本鉄工所(徳島県小松島市)、徳島県立工業技術センターとの共同研究として「令和4年度 成長型中小企業等研究開発支援事業(以下、Go-Tech事業)」を活用し「マテリアルズ・インフォマティクス(以下、MI)解析によるセルロースナノファイバー中間素材作成の最適化」に取り組む。そしてCNFを原料に生まれた新素材が「アモルセル®」である。
「アモルセル®」は、物質が結晶構造を持たず原子配列が規則性を失う現象「アモルファス化」によって生まれた。アモルファス化したセルロースは半透明で、曲げても折れない高い弾性変形(曲がっても復元する性質)や、プラスチックの約3倍以上の強度を持つ。更には、酸素や水素を通さないガスバリア性をも併せ持ち、従来のセルロース繊維製品とは異なる特性を備えている。

「CNFのアモルファス化の発見は、セレンディピティと呼ぶべき予期していなかった幸運な出来事で、目の当たりにして大変興奮しました」と研究を担当する開発企画部 部長代理 柏田祥策氏は振り返る。
当時、部分的に半透明になって乾燥したCNFは、研究メンバーにとって多々ある失敗の1つでしかなかった。それもそのはずで、一般的に固体物質(主に金属など)のアモルファス化は、特殊環境でのみ確認できる非常に稀な現象とされていた。2021年度から新たに研究メンバーに加わり、研究をけん引した柏田氏が、米国サウスカロライナ大学研究教授といった国際的な研究機関や、日本国内での大学教授を歴任したナノマテリアルの物質全般の専門家だからこそ、その現象が持つ意味に気がついたのだ。
同氏の知見は研究にも活かされた。統計解析を用いることで、数時間から長いと数日かかっていた脱水・乾燥工程、最短で5分にまで短縮させることに成功させた。アモルファス化の発見後は、その現象を安定して作り出すため、AIや機械学習を活用するMI解析を導入した。それまでも1000回ほど試作を重ねていたが、MI解析をすることで27万回もの試作実験と同等のデータを得て、アモルファス化の最適解を導き出した。

現在、柏田氏は展示会などでアモルセル®の特性を積極的に伝え続けている。アモルファス化発見時の経験を「学問は、同じ時間を過ごして対話をすることが、理解を深めるために大切だと改めて実感するものだった」と同氏は語る。説明や対話を通じて理解を広げていく姿勢は、普及段階でも変わらない。偶発的な発見から生まれた素材は、当初から用途が明確だったわけではない。それでも多様な企業との対話を通じてアモルセル®の展開は広がり続けている。
そして2026年7月、アモルセル®はついに宇宙へと飛び立つ。スペースXで国際宇宙ステーションに送られ、半年間にわたり宇宙空間での耐久試験が行われる予定なのだ。さらに、高いガスバリア性から「宇宙基地の建材」への活用も検討されているという。宇宙分野以外にも、関心を寄せる企業も多く、既に複数の分野で共同開発が動き始めている。
紙に関わる企業の挑戦が、研究者の深い知見や探求心と重なり生まれた「アモルセル®」。四国の紙の町から生まれた新素材の今後に、大いに注目したい。
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※掲載の内容は、令和8年3月27日現在のものです。また、提供データ、画像を含みます。
Go-Tech事業(成長型中小企業等研究開発支援事業)とは、中小企業等が大学・公設試等の研究機関等と連携して行う、事業化につながる可能性の高い研究開発、試作品開発及び販路開拓への取組を最大3年間支援する事業です。※商業・サービス競争力強化連携支援事業(サビサポ事業)、戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)については、令和4年度より「Go-Tech事業(成長型中小企業等研究開発支援事業)」に統合されることとなりました。
