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「紙のまち」に身をおいて、新技術を世界に発信

内村浩美さん 愛媛大学大学院農学研究科「バイオマス資源学コース」
http://web.agr.ehime-u.ac.jp/~kami_sangyou/

内村浩美さん
 紙のまち、愛媛県四国中央市に将来の紙産業の担い手を育成する「紙に特化した大学院」があります。ここに、世界に発信できる新技術を四国から生み出したいと考える人がいます。大蔵省印刷局(現独立行政法人国立印刷局)で長年お札の研究開発に取り組んできたという、ユニークな経歴を持つ内村浩美教授にお話をうかがってきました。
愛媛大学 紙産業イノベーションセンター外観 愛媛大学内の様子 -長年「紙」の研究をされていますが、内村さんにとって「紙」とは一体何でしょうか? 内村さん ―「空気のように無くてはならないもの」だと思いますね。トイレットペーパーやティッシュの様に普段から何気なく使われているものもあれば、フィルター、電池の中のセパレーター、そしてお札の様な貴重製品まで、身近なところでたくさん使われています。
研究開発の様子 ―身近な、あらゆるところで「紙」が使われているんですね。 内村さん ―自動車にもたくさん使われていますよ。オートマチック車のミッション摺動材には耐摩耗シート材料が使われています。これはアラミド繊維を加工した素材です。紙だと、摩擦などで簡単に破けてしまう気がしますが、アラミド繊維という素材は摩擦に強く、シート状にすると繊維間に油を吸着して潤滑油を保持する働きがあるので、この紙素材が適しているんですね。
―紙製品の開発も、日々進歩しているんですね。 内村さん ―紙おむつやナプキンの世界も、その開発プロセスはすごいところがありますね。おむつには、液が漏れないように高分子吸収体を封じ込めたり、手触り感を良くした不織布が使われています。こういった機能性はもちろんのこと、機能性とは違ったところですごいなと思ったのが「パンツ型」のおむつです。お母さんには、「赤ちゃんが早く歩き始めて欲しい」、「早くおむつ離れをして欲しい」といった気持ちがあるんですね。このお母さんの心をくすぐる様な製品が「パンツ型」のおむつなんです。
 製品開発する上では、研究者が機能性だけではなく、ユーザーの心理や顧客のニーズをつかむようなコンセプトで開発していくことも重要だと思いますね。
内村浩美さん ―今後、「紙」にはどんな可能性があると思いますか? 内村さん ―最近では、ナノファイバーという非常に細い繊維を使った紙の開発が進んでいます。これによって紙の応用範囲は広がってきています。例えば、石油から作られたようなフィルムなども、今後は植物由来の紙(ナノファイバー)が代替する可能性があります。そうすると資源の循環ができるので、環境問題の解決にも寄与するかもしれません。そういった面では、ナノファイバーへのシフトというのは、将来、世の中を変える可能性もありますね。
―「紙」って、面白いですね。 内村さん ―「紙は生き物だな」と思ったりします。
  梅雨時、湿度によって紙が伸びたり縮んだり・・・。まさに、障子や襖はそうですね。紙をつくる際にも、そこを見越した設計をする必要があります。
  また、紙の原料になるパルプ繊維に、フィルター効果だとか、多素材と反応させるだとか、親水性・疎水性を持たせるだとか・・・いろんな機能を付与する可能性を秘めているので、すごく面白いと思いますね。
サーモクロミック紙 サーモクロミック紙:温度変化によって、「発色」や「消色」する機能紙 ―東京の国立印刷局ではどのようなお仕事をされていたのですか? 内村さん ―お札の紙の研究や偽造防止技術の開発をやっていました。
 お札にはたくさんの偽造防止の技術が使われているのですが、皆さんもすぐに思いつかれるのは「透かし」でしょうね。「透かし」は紙に凹凸をつくって表現しています。他にも、お札をある角度から見ると文字が浮き上がってきたり・・・。千円札だと表面の左下部分に「1000」の文字、裏面の右部分には「NIPPON」の文字が浮き上がってきます。

お札の紙の研究や偽造防止技術の開発

 このような技術開発には、お札の構造解析が必要となります。
 断面構造の分析をするには、カミソリやミクロトームで切ったりするしかありませんでしたが、それだと断面が潰れたりして解析がうまくできなかったんです。そこで、半導体や金属加工分野などで使われ始めていたイオンの力で加工する機械、「イオンビーム装置」の転用を思いついたんです。最初はメーカーさんも「紙には使えませんよ」といった反応でしたが、しつこく実験を繰り返していったら、できたんですね。
  これによって、詳しい解析ができるようになり、新たな偽造防止技術の開発にも役立ちましたし、偽造券の撲滅にも一役買うことになりました。
お札の紙の研究や偽造防止技術の開発 ―昨年4月、紙専門コースの大学院教授として四国に来られたわけですが、転身のきっかけは何だったのでしょうか? 内村さん ―大学卒業後、昭和58年に印刷局に就職してからの大半を、お札の研究開発に取り組んできたわけですが、平成16年に現行のお札が誕生し、次の年からは研究業務を離れ、管理職としての業務に追われるようになりました。
 「もう一度、研究者に戻って研究に専念したい」と思っていた時に、大学時代の恩師から連絡があったんです。
 「愛媛大学で教員の公募がある。エントリーせんか?」と。

内村浩美さん ―家族で四国に移住してきたということですが。 内村さん ―家族にも相談しました。反対すると思っていた妻は「一度きりの人生なんだから、思うとおりにやった方がいいよ」と逆に背中を押してくれましたね。
  当時、中学3年だった長男からは「お父さん本当にいいの?国立印刷局の今の立場の方がいいんじゃないの?大学に行って後悔しない?」と心配されてしまいました。「大学に行って後悔するかもしれない」という気持ちが全く無かったわけではありませんが、とにかく「チャレンジしたい」という思いの方が強いことを息子には伝えました。
  私の信条は「棺桶に入るときに(死ぬときに)、自分の人生良かったと言いたい」ですから。今はとにかく走り回っているといいますか、「やるっきゃない」という心境ですね。絶対に結果は出さないといけないと思っています。
―四国の印象はいかがですか? 内村さん ―四国は大好きなんです。本当は、大都市の生活は苦手なんですよ。生まれ育ちは鹿児島の田舎で、大学時代は高知にいました。出張でも四国にはよく来ていましたから馴染みはありましたね。家族で東京から鹿児島の実家に帰省するときも、旅行がてら四国に寄ることもありまして。ですから、今回四国にやって来たことは、私にとってはJターンです。全然、抵抗は無かったですね。
四国中央市の風景
 二人の息子が環境に慣れるかどうか心配だったので、こちらに来る前の年の夏休み、四国中央市にも来ました。まだ息子にはこちらに来ることを言ってなかったんですけどね。瀬戸内の海辺をまわって、泊まって・・・。それで「四国に住むってどう?」と言ったら、子供二人とも「海も自然もあって良いところだよね~」と。これを聞いて決心しました。
-紙専門コースの学生には、どんな人財に育って欲しいですか? 内村さん -「自分で判断ができて、自分で改善ができる人間」です。
  大学院では、技術に長けていることは当然として、地域の発展に貢献できる幅広い人財を創るということを目標としています。
  「技術」、「経営」、「協調性」・・・。技術だけではなく、商品開発力やマネジメント能力といったことも重視しています。企業さん同士が手を組んでやっていかないといけません。紙をつくっただけじゃ売れない。加工が必要、販路開拓も必要・・・と考えると、やっぱり調整能力が無いといけない。それから、海外にもガンガン行けるような人間に育てる必要もあります。
  人とのコミュニケーションもうまくできるような幹部候補生を創るというのが、このコースに課された使命だと思っています。基本的なことですが。

大学での研究の様子 大学での研究の様子 大学での研究の様子 ―内村さんの信念が伝わってきますね。 内村さん ―入学した学生には、「ここは大学院という名称ですが、社会人訓練学校だと思って下さい」と言っています。
 座学の講義だけではありません。現場密着型を重視していますので、企業さんの工場を見学し、現場に入って人とコミュニケーションをとりながら教えてもらったりすることも多くあります。
  じゃあ、「専門教育」と「現場密着教育」だけをやったらいいかというと、それだけでは無いと思うんですね。講義とは全く別の"特別講義"と題して、自分のこれまでの経験をもとに学生と対話する場を設けています。「今、何のために勉強をしているんですか?」、「自分の人生設計を考えたことがある?」、「挨拶の重要性は知っていますか?」など、学生が目的意識を持つようなテーマで討論します。最終的には人間力の向上ですね。
内村さんと学生 ―昨年度から経済産業省が実施している「地域競争力強化事業(四国地域次世代紙関連産業創出促進事業)」においても、研究会などを通して紙産業の発展にご尽力いただいていますが、四国の紙産業がこれから更なる発展に向けて取り組むべきこととは何でしょうか? 内村さん ―紙産業の集積地という恵まれた点を活かして、四国全体で一致団結する必要があると思いますね。これはすごい強みになると思います。
 四国中央市の紙産業は製造品出荷額でも全国一の規模ですし、高知も和紙や工芸美術に強みがあります。これからは四国の集積地域間の融合や、新しい分野の技術、新しい素材などを取り入れていくことによって、次世代の製品が誕生していくと思います。
内村浩美さん ―最後に内村さんの抱負をお聞かせ下さい。 内村さん ―やっぱり、地域の紙産業界に貢献したいというのが一番です。
 今年度、地域競争力強化事業では、四国の紙産業の魅力を発信し、域外の有望市場や企業と結びつけるための「情報収集・発信検討会」に委員長として参加しています。
 もっともっと四国の紙産業に注目が集まるようにしたいですね。「新技術を四国から全国に、世界に発信できるようにしていきたい」、そういった気持ちで研究課題に取り組んでいますし、我々も新しい技術の提供をしなければならないと思っています。近いうちに研究についても発表していきたいと考えています。


掲載日:2012年01月04日 取材者:O・T