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「こんまいけど、いちにんまえ」

小西智都子さん ROOTS BOOKS

小西智都子さん
 日本で一番小さな県、香川県の高松市に、女性2人で頑張る小さな地方出版社があります。今回は、本という媒体を通じて、まちや島の魅力を発信しているROOTS BOOKS の代表、小西智都子さんのお話をうかがってきました。
事務所の様子 事務所の様子 事務所の様子 事務所の様子 -なぜ、香川で出版社を立ち上げようと思ったのですか?日本の場合、出版社は東京に集中していると思いますが・・・。 小西さん ―もともと、私の父が郷土出版をしていたことが影響していると思います。父は仕事が忙しくてあまり家に帰らない人だったので、子どもの頃は何をやっているのか、よく知りませんでした。でも、本ができると嬉しそうに持って帰ってきて「これは読んだらええぞ~」と渡してくれることがよくあって。でも、小学生に「高松城主」とか「讃岐のため池」とかっていう本を渡されてもね、表紙もすごくダサいし(笑)。だから、正直言うと関心がありませんでした。
  ただ、うちの父がなぜ出版を始めたかということは、よく覚えていて「香川で印刷の仕事をさせていただく限りは、お金になろうがなるまいが、残す必要のある情報や記録をカタチにしていくのが印刷会社としての自分の使命だ」と言っていました。
―出版業に関わるようになったのは、お父様の影響が大きいのでしょうか。 小西さん -そうですね。幼い頃から本に囲まれていたから、意外と本を作ることに抵抗が無かったかもしれませんね。
事務所の様子 ―ずっと香川にいらっしゃったのですか。 小西さん -いいえ。大学時代は兵庫県で過ごしました。当時は「香川県出身」と言うことがすごく恥ずかしくて「どこ出身?」と聞かれると、「四国出身」とよく答えていました。その頃はどこの地方都市も都会志向で、例えば、ファッション誌の洋服が自分たちの住む地域で買えるということに、格好良さを感じていました。地元のものを見るのではなく、「外のものをどうやって手に入れようか」と考えていたんです。そんな考えだと、香川に帰る理由ってないですよね。 小西智都子さん ―そんな小西さんが、なぜ香川に戻ることに? 小西さん ―卒業論文を出した3日後に阪神・淡路大震災があったんです。私が住んでいた家は全壊。幸い命は助かったけれど、住むところがなくなってしまったので、香川に戻ることにしました。本当は大学卒業後、専門学校に入り直して日本語教師になろうと思っていました。その頃から日本の文化を伝えたい、届けたいっていう気持ちがなんとなくあったのでしょうね。 事務所の様子
  香川に帰ってきてからも、最初はお金を貯めて、また県外に出ようと考えていました。ところが、たまたま高松市の女性センター(現:男女共同参画センター)で非常勤嘱託として働き始めたのを機に、「ダサダサだ」と思っていた高松で、いろいろな人たちが、様々な活動をしていることを知ったんです。「香川に何もないんじゃなくて、自分が知らないだけだったんだ」って。 事務所の様子
  その後、地元新聞社が発行する生活情報紙の編集部を経て、フリーランスになりました。しばらくして、「地産地消」や「地方の時代」と言われ始めたころ、本屋に行って、ふと、無性に腹が立ったんです。これだけ「地産地消」と言われているのに、本屋さんに並んでいる本の大半は東京で作られたものなんですよ。
  本って、考え方や生き方の「ものさし」を作るもの。つまり、借りものの「ものさし」で香川を見ている限り、正しく地域を評価することは出来ないじゃないかと思ったんです。それなら、その地域に住む人が自ら考えてつくる本があってもいいんじゃないかと。
  たぶん大学時代に抱いていた香川コンプレックスも、借りものの「ものさし」で見ていたからかもしれませんね。
  小西智都子さん ―そして2010年、「ROOTS BOOKS」を。 事務所の様子 小西さん ―出版社を実際に立ち上げてわかったことは、まず書き手をつくらなければならないということ。そもそも、香川には情報誌以外に出版社がほとんどないわけですから、何らかの専門性をもったライターや編集者としての職能を持った人が育つ環境が乏しいわけです。地方出版社は、本を作るだけでなく、こうした本作りの土壌を耕す役割も担っていることに気付きました。 ミシマ社寺子屋
  それからは、原点回帰の出版社「ミシマ社」と一緒に、本の企画から営業まで疑似体験するワークショップ「ミシマ社寺子屋」を開催したり、四国経済産業局の「しこく編集学校」にも参加して、いろいろな気づきをもらいました。 しこく編集学校
  今、編集学校で出会った仲間たちと「"四国"という切り口で本を作ってみよう」という企画が動き始めています。高知に行ったり徳島に行ったり、お互いの県を行き来しながら楽しくミーティングしているところですよ。
-出版社を立ち上げて良かったことは? 小西さん -今の日本では、ふつう、出版は分業制です。見えない誰かに向けて、作業が行われている感じだけれど、ROOTS BOOKSでは「作るところから届けるところまで」、すべてを自分たちの目で見届けることができます。規模が小さいからできることなのかもしれませんが、全体を見ることは商売の原点だと思っています。
  「こんまいけど、いちにんまえ(一人前)」、これが私たちの合い言葉です。   事務所の様子 -最近、「せとうち暮らし」を出版されましたが、香川県の島々を中心に取り上げられていますよね。 出版した「せとうち暮らし」 小西さん -2007年からライターとして島に通い始め、「聞きとリスト」(インタビュアー)として、島の長老たちの話をおうかがいしています。特に80歳以上の方には、私たちが教わってこなかった日本人としてのたたずまいや価値観を感じます。それに、長老たちの話を通じて、今ならまだ3世代ぐらいはさかのぼることができる。つまり、江戸時代に生まれた人が何を考えていたのか、かろうじてうかがい知ることができるんです。でも、島は高齢化がどんどん進んでいます。この5年が勝負だと思っています。 出版した「せとうち暮らし」 ―小西さんにとっての「ものさし」って何でしょう。 小西さん ―う~ん・・・人間として「まっとう」かどうか。上手く説明できませんが「物事に対する誠実さ」とか「人間を舐めないこと」とか「一人の人間として、ちゃんと自分の足で立っているかどうか」かな。その姿勢の多くは島の長老たちから学んだと思います。彼らはちゃんと自分の柱を持っている。そんな風に感じますね。 小西智都子さん
  そう言いつつも、まだまだ長老たちから教わっている途中・・・。「ものさし」は何かを測るための道具ですよね。ということは、自分一人だと必要ないんです。自分と周りの間を推し測り、理解するための尺度だと思います。だから目盛りは同じでも、どこで、誰と一緒にいるかによって、ちょっとずつ意味合いは変わってくる。
  四国にも、この土地独特の「ものさし」があると思います。
―出版、まちづくり、島での活動など、いろいろなことをされていますが、今、特に力を入れたいことは何ですか。 小西さん -この土地のルーツをきちんと残したいです。例えば郷土料理で言うと、材料は地元のものを使っていても、市販の調味料を使っていたのでは本物の味は再現されないんですよ。その土地ならではの味というのは、そこに暮らす人たちが生活の中で伝えてきたものだから、人がいなくなると残らない。ものは永久に残っても、それをどう捉えるかということは、そこに生きてきた人じゃないとわからないですからね。その土地の「ものさし」というのも、そういうものかもしれませんね。
  仕事がら、図書館に行って郷土資料を見る機会が多いんですけど、過去の人がきちんと残してくれているから、振り返ることができるのだと感じています。
小西智都子さんのメモ -お父様にも感謝しないといけませんね。 小西さん -そうなんですよね。なんであんなに本を作っていたのか、今ならわかるような気がします。 小西智都子さん -これからの四国について、どのような想いをお持ちですか。 小西さん -今まで代々続いてきた営みが、当たり前に続けられる世の中って素敵だと思います。「続ける」というのは意外と難しいですよね。放っておくと、自然に絶えていっちゃいますからね。
  四国には、ここの土地の良さを知っている人が、まだまだたくさんいらっしゃると思います。だから、自分たちでしっかり考え、選択していけば、四国の未来って明るいんじゃないのかな、と思います。


掲載日:2012年2月10日 取材者:S・M