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安全で美味しいものを直接届けたい

近藤保仁さん 石井養豚センター・自然派ハム工房リーベ・フラウ http://www.wiener.co.jp

近藤保仁さん
 徳島市の西隣、徳島県石井町に"自然派ハム工房リーベ・フラウ"があります。
  ハム造りに欠かせない豚肉は、阿波市 (旧市場町) の標高400mの農場で自家生産、肉質と育て方にも徹底的にこだわったものしか使わない。先々代が石井町で始めた養豚業を受け継ぎ、家族で養豚から食肉・加工品の製造、販売までを手がけている近藤家の四男、獣医師で店長の近藤保仁さんにハムやソーセージ造りにかける想いをうかがってきました。
ハムやソーセージ ハムやソーセージ ―獣医さんがハムやソーセージを造ることになったきっかけは何ですか? 近藤さん ―もともと、養豚業は祖父が始めました。父が法人化して規模を拡大し、さらにそれを2人の兄が引き継いで・・・。養豚に獣医は必要なんですが、次兄が獣医だったこともあり、私は大学に進んだ頃は開業を考えていました。
近藤保仁さん
  当時、父がいくら美味しい良い豚を育てても世間の相場でしか買ってもらえず、市況が悪くなると仕送り額が減ってたんですよ。それはおかしいと思っていましたし、食品を造ることが面白くなって興味が湧いてきたんです。公衆衛生学教室で卒論を書いたことも、今の仕事を考えるとぴったりですし、基本的には商売や営業活動が好きだったのかもしれません。
  「本当に良いものを直接消費者に届けたい」という熱意を持った兄達と、安全な豚肉を求めていた関西の生活協同組合が出会い、「豚1頭から取れる食肉をすべて買い取る仕組み」が始まりました。その後、取り扱い量が増え卒業する前の年、1988年9月に生協との共同出資で、解体処理・精肉工場が石井町に出来ました。
  精肉工場では端肉が出るため、それを有効活用して安全なウィンナーを造ろうということになり、兄達から「やってみないか?ドイツに行かせてやるから」と言われ、引き受けることにしました。
  しかし、それからが大変でした。 ―どんな苦労をされましたか? 近藤さん ―ソーセージ (羊の腸に詰めたものがウィンナー) は添加物さえ使えばすぐに美味しいものが簡単に出来るんですが、使わないとポソポソになって美味しくない。無添加で造るノウハウが無くて、小麦粉を混ぜたりいろいろ工夫して試作品を造って生協に送っても納得してもらえない・・・。試行錯誤の日々が続きました。
近藤保仁さん
  そんな時に出会ったのが、ドイツ、オランダの食肉製品製造販売のマイスターの資格を持っていて、有名なハム会社の指導をしていたオランダ人のシェフケ・ダンカース氏でした。
  当時大阪に住んでいた彼に毎月1回2日間工場に来てもらい、他の仕事は一切しないで1年ほどドイツに渡るための指導を受けました。それまでの問題をぶつけていくと、ドイツのソーセージにも添加物を使うが、基本となる作り方をすれば、無添加でも美味しいソーセージが造れるというのです。ソーセージの中身は赤身の肉と脂肪と水を混ぜ合わせて造るのですが、肉を切るカッターの刃をきれいに研いでおく、氷、水、塩を入れるタイミング、温度といった本当に基本的なことを守っていれば美味しいモノができるんです。それは、驚きでした。
近藤保仁さん
  ドイツではそうした基本があたり前なんですよ。マイスター制度で食肉を扱うには職業学校に行くわけですが、解剖学や微生物学から始まって、と殺、抜骨、精肉、加工までの全ての工程を基本から学ぶんです。 そこで修行するには、きちんと学んでからでないと通用しないし、紹介できないというのです。兄達との最初の約束からドイツに行くまでに5年かかりましたね。 ―ドイツでの修行はいかがでしたか? 近藤さん ―1993年から1年間、ドイツ南西部の300人ほどの小さな村の精肉店で修行することができました。その村には精肉店の他に、居酒屋と午前中だけ開いているスーパーしかありません。海から遠くて魚を食べる習慣は無いため、基本的には肉食です。その精肉店ではパンも焼いていて、その店への依存度が高いんです。
  日曜の夜に親方がリヤカーのついた車で農家を回って、2、3頭ずつ合計20頭ほどの豚を買い付けてきます。その豚を月曜の早朝5時くらいからと殺、解体を始め、1週間かけて食べるんです。肉はもちろん内臓、血に至るまで丸ごと使うんです。職人さんは職業学校を出ているため、仕事が早くて効率が良く、手を休めていると「何をやっているんだ」と怒られました。厳しかったですが仕事のやり方をここで学びましたね。充実していて、もっと長くいたいと思いましたが、無添加ハム、ソーセージを待ってくれている生協の皆さんをいつまでも待たせるわけにもいかないので、帰国しました。
徳島県石井町の風景 自然派ハム工房リーベ・フラウ外観
  そして、加工品造りが軌道に乗りだした1999年、「もっと多くの人に"安全で美味しいもの"を食べて欲しい」と思って、修行したドイツの田舎町の建物をイメージした店舗 "自然派ハム工房リーベ・フラウ"を開店しました。 自然派ハム工房リーベ・フラウ外観 自然派ハム工房リーベ・フラウ外観 自然派ハム工房リーベ・フラウ外観 自然派ハム工房リーベ・フラウ外観 自然派ハム工房リーベ・フラウ店内 ―今は養豚の飼料にもこだわられているそうですね。 近藤さん ―養豚の飼料は、トウモロコシ、大豆滓 (だいずかす) 、マイロ (こうりゃん) などですが、このところ投機対象になったりして価格が高騰しています。もう養豚には使えないのではと思うことがありますね。
  これまで安全を重視して飼料には、PHF/Non-GMO (ポストハーベストフリー/非遺伝子組み換え) を使用してきました。これからは食品リサイクル、それも原材料がはっきりしていて、PHF/Non-GMOと同等の食品残渣 (ざんさ) を飼料にしたいと考えています。成分分析して足りない栄養分を補い、これまでと同じ肉質を保ちながらコストの低減や自給率の向上を目指したいと思います。
  食品残渣は産業廃棄物になるため、廃棄物の収集運搬、処理業の許可も取っていますが、他社も考えることは同じで取り合いになることもあります。企業のコンプライアンス意識の高まりもあり、きちんと処理している事業者が評価され、選択されるようになりましたが、量的にまとまったものとなると、香川県や近畿圏になったりするので、回収に行くにはその県の許可を取る必要があり、手続きが大変です。 近藤保仁さん
―徳島、石井町への思い入れはありますか? 近藤さん ―徳島で事業を続ける理由として大きいのは、「父が買い増した土地があること」と「養豚から出る堆肥を使ってくれる優良な農地が多いこと」です。かつて、養豚は糞尿処理が大きな悩みで、父は飼育頭数の増加とともに糞尿を撒くための農地を買い増していきました。精肉工場やこの店の用地もその頃に取得したものです。
  今は、農場内の斜面に作った堆肥舎で、1年以上かけてサラサラで臭いもない有機肥料にしています。近くには野菜や米で収益を上げている優良な農家が多く、作った堆肥は全量が有価で農地に還元され有効利用されています。また、親戚にこの堆肥を活用した飼料米も作ってもらい、飼料として活用しています。与えすぎると肉質が変わってしまいますが少量であれば問題はなく、飼料自給率の向上にもつながります。 自然派ハム工房リーベ・フラウ店内
―これから目指していきたいことを聞かせていただけますか? 近藤さん ―2年ほど前に養豚規模を約2倍に拡大し、四国でも有数の規模になりました。やってみてわかったことですが、口蹄疫など、一旦病気が出てしまうと規模が大きいほどリスクも大きく、今が限度かなと思います。
  生き物相手のため簡単ではありませんでしたが、2年経ってやっとフル生産に近づいて、月1,700~2,000頭を出荷できるようになりました。7割が食肉、残りが加工品ですが、店頭とインターネットをあわせた自家販売の比率が低下しています。規模が倍になったので仕方のないことですが、価格決定権を持つためにはある程度の割合が必要です。そのため、近畿圏に直販店を持ちたいと考えています。 自然派ハム工房リーベ・フラウ店内
  また、東日本大震災があってから、食の安全に関して非常に敏感になっていらっしゃる方が多いようで、問い合わせが増えていますが、それと同時に評価もしていただいています。
  子豚の生産から最終製品になるまでの全てを手がけているため、「どの親豚の子で、餌は何を与えて、どの時期に育てたか」といったことも検証できますし、いただいたご意見を飼育方法にフィードバックすることもできます。これは6次産業化をしているからこそのメリットだと思います。私の場合、それに加えて店頭でも、獣医としての公衆衛生学の知識もありますから、いろいろなお客様の声にお応えできるのではと考えています。 ロバと山羊 ロバと山羊
  店舗にはバーベキューハウスも併設していますが、隣で豚・・・というのはあまりにもリアルなので、ロバと山羊を飼っています。子供たちに気軽に触れてもらえるように。
  「食べる、生きるということは、生き物のいのちをいただいているということ」を感じて欲しいですね。小・中学校での出前授業も始めていますが、「安全で美味しいもの」をお届けするとともに、食について感じ、考えて学習する「食育」にも、もっとかかわっていければと考えています。 近藤保仁さん


掲載日:2012年3月12日 取材者:M・T