「機会づくり」を楽しみたい。
林周二さん ルボア https://ruboa.com
手袋の産地である香川県の東かがわ市に、革小物製品を製造・販売するルボアがあります。OEM生産だけでなく、デザインとの出逢いにより「hmny」や「CORGA」などの自社ブランドを立ち上げ、世界各国を飛び回る林周二代表。―3月に香港で開催されたレザーフェア「香港APLF・ファッションアクセス」において、「CORGA」が革小物部門で「BEST OF APLF AWARD」を受賞されたそうですね。おめでとうございます。 林さん ―ありがとうございます。日本の斬新なデザインと綺麗な色使いが、高い評価をいただいたようです。 ―2月末にも2週間ほどヨーロッパに行かれていたそうですね。 林さん ―ドイツで行われた「アンビエンテ2011」に、国際見本市などにいつも一緒に出展している仲間6社と出展してきていたんです。日本のブースは、着物を着たりして日本色を前面に出していることが多いのですが、私たちはあえて日本色を出しません。「日本」という言葉や、「Made in Japan」といった表現もしないし、通訳も全て外国人です。 ―海外を飛び回る林さんですが、外国語学部出身ということで、当時から海外進出を考えていたんですか? 林さん ―全く考えていませんでしたね。センター試験を受けたら思ったより高得点で、「県外に出られるな」と思って。じゃあ、女性が一番多い学部はどこかと考えたら、外国語学部になったんです(笑)。 ―お父様が手袋メーカーを創業し、その後、財布を中心とした革小物製品をつくられるようになったそうですが、大学卒業後、すぐに家業を継がれたのですか? 林さん ―いいえ、地元企業に就職し、東京支店で営業マンをしていました。最初は得意先がなく、真っ白な地図から自分の好きなエリアを選んでは営業に行っていました。6~7人で年間300件ぐらい新規開拓をしていましたね。いろいろと苦労も多かったですが、すごくおもしろかったです。そして26歳の頃、大宮市(現:さいたま市)に営業所を出すことになり、営業所長をやることになりました。 ―お若いですね。子供の頃から新しいものを開拓していく、切り込み隊長のような感じだったのですか? 林さん ―積極的に外に向かっていくようになったのは、サラリーマンになってからですかね。今でも、新しいことを始めるのは見知らぬ土地へ旅行するような気持ちがして、とても楽しいです。私にとって営業は、ものを売りに行くというより、ネットワークをつくりに行くようなものです。だって、いきなりものを売りに行っても買ってくれないじゃないですか。それなら、先にしっかりとしたネットワークをつくって、欲しいと思ってくれている人のところに届けにいくほうが良いですよね。
国籍を問わず様々な人のなかに、いつの間にか入り込んでしまう、そんな林さんの魅力を探ってきました。
営業マンをしていた頃、師匠のような存在の人がいたんですよ。本当に何とも言えない魅力的な方で、当時のマーケティングディレクターだったのですが、いつも言われていたことがあります。「ものごとは具体的に動いてみなさい」と。「具体的にどうすれば人が動いてくれるのか」ということを考える、非常に良い機会となりました。 ―いつ、香川に帰って家業を手伝うことになったのですか? 林さん ―28歳の頃です。当時は比較的経営に余裕がある状況でしたが、42歳で代表になった時はどん底になっていましたね。 ―代表になるとともに、社名を「林株式会社」から「ルボア株式会社」に変えられていますよね。 林さん ―2003年の市町村合併で東かがわ市に名称が変わることになり、それなら全部変えてやろうと思って、2004年に代表も社名も変えました。そして、ある意味再スタートを切った頃に大きな出会いが訪れることになったんです。
東かがわ市商工会が経済産業省の「JAPANブランド育成支援事業」を受けて「GLOBE DESIGN(グローブデザイン)」というプロジェクトをやっていました。東かがわで脈々と受け継がれる手袋の製造技術を活かして、世界に誇りを持って発信できる新しいものづくりができないかと、地域の企業が集まって試行錯誤する場でした。そこで、デザインプロデューサーの名児耶秀美さんと出会ったんです。
そして翌年、四国経済産業局と(財)四国産業・技術振興センターが実施した「四国企業のブランド確立に向けたコンサルティング支援モデル事業~モノ・コト×DESIGN=∞~」で、デザイナーの宮城壮太郎さんと出会うことになりました。これは、経営革新を目指す企業ごとにデザインの切り口から名児耶さんと宮城さんが企業診断を行ってくれるもので、今度は自社の診断をしてもらおうと思って手を挙げたんです。
こうして、2006年、革の特長を最大限に生かした機能的でシンプルな男性向けブランド「hmny」が生まれました。コンセプトは「自分たちが欲しいものを作る」。「hmny」の名前の由来は、私と宮城さん、名児耶さん、そしてあなた(you)の頭文字から取りました。翌年には、女性デザイナー砂口あやさんの協力も加わり、女性向けブランド「CORGA」が完成しました。 ―デザインの世界に初めて触れたときは、どのようなお気持ちでしたか? 林さん ―最初は正直「こんなの売れるのかな」と不安な気持ちがありました。デザイナーさんと一緒にやることで今まで以上にお金もかかるし、大丈夫かなと。それまではOEM生産だけだったので、自社ブランドを作るということは、取引先はもちろんのこと、完全に違う世界の扉を開くことになるわけです。
この支援事業は「事業提案を受けて挑戦したいと思った場合は自力でやって下さい」というような、やる気のある企業を応援するもので、診断は無料でも補助金のような支援金がついてくるものではありませんでした。
でも、宮城さんと名児耶さんに企業診断をしていただいて、ハッとしたんです。
「ものづくりはちゃんとしている。でも、デザイン力が無い。情報発信力はもっと無い。それではお客さんは来ませんよ。楽しくないでしょう?」と言われたんです。
まったくもってその通りでした。本当は楽しいことが好きな性分なのに、経営のために節約ばかり考えていて、楽しめていなかったことに気がつきました。
名児耶さんと宮城さんとの出会いはビジネスの中では一番大きかったです。私にとって、宮城さんと名児耶さんは兄貴みたいなものです。
自社ブランド生産に踏み切ったことで得た広がりは、本当に大きなものでした。香川、四国でデザインの革製品と言えば、「ルボア」、「林」を思い浮かべていただけるようにもなってきたと思います。 ―今の林さんには、日本だけでなく世界にも仲間がたくさんいらっしゃるようですが、どのようにつながっていったのですか? 林さん ―行く先々で、知り合った方々と食事がてら交流会を設けたりしています。上京する機会には仲間と集まりますし。仲間と言っても同じ業種ばかりではなく、皮や手袋の仲間もいれば、デザインの世界や得意先など様々です。人柄が悪くなければ誰が来てもいいですよ(笑)、と出入り自由でやったりね。 ―そういったことを自然にできる方はあまり多くないように思いますが? 林さん ―そうでしょうか。私はインテリアショップなんかへ行っても自分の商売の話はあまりしません。おもしろくないじゃないですか。自分の商品を持って行って「買って下さい」と言うのは、自分のことを「男前でしょ、付き合って!」と言っているのと同じ感じがします(笑)。胸を張って「良いと感じたら買ってね」と言いたいです。
逆に、仲間の商品を紹介することもありますね。今日のマフラーもそうですよ。「あの人に聞いたら分かる」と思ってもらえると、いろいろな人が自分に集まってくる。そうしたら自分が動かなくても、情報が入ってくるし、ネットワークが自然と構築されていきますね。
ネットワークをつくるには、海外の展示会に出るのも手っ取り早いです。普段会えない人にも会えますし、日本人もその期間に一気に集中してやって来ますからね。 ―「hmny」と「CORGA」が新しい扉を開いてくれて、一つの顔になっているというか、会いたい人と出会える扉になっているみたいですね。 林さん ―そうかもしれませんね。デザイン商品は人の好みに左右されるので好き嫌いが分かれやすいと思います。でも、自社ブランドは、商品としての意味合いだけでなく、コミュニケーションツールの役割があると思っています。 ―林さんのお仕事は、「ものをつくる」ことだけにとどまっていないように感じます。 林さん ―「ものづくり」は職人さんがしっかりとやってくれていますから、私の役割はチャンスを広げることでしょうか。水路の幅が倍になればお魚もたくさん入ってくるように、ネットワークを広げることでビジネスの機会も増えていくと思っています。これからも自社ブランドを携えて、世界中を舞台に様々な人たちと「機会づくり」を楽しんでいきたいです。
掲載日:2012年4月26日 取材者:I・M