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「想いつなげて、きっと、また」

中井今日子さん うたんぐら(VTANGRA)

中井今日子さん
 塩の町、寺の町、恋(人)の町である香川県宇多津町の古い街にどこか懐かしさとロマンを感じさせる空間。「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」、そんな出会いをかなえてくれる「うたんぐら(VTANGRA)」の女主、フリーアナウンサーとしても活躍されている中井今日子さんにお話をうかがってきました。
うたんぐらパンフレット うたんぐら外観 -「うたんぐら」はどういった施設なんですか?変わったお名前だなと。 中井さん -「うたんぐら」はお遍路さんの「善根宿」、「地域のお年寄りのお風呂場の提供」、「地域の方との交流サロン」の3つの用途があります。名前の由来については、もう少しあとでお伝えしますね。 -お聞きするのが楽しみですね。新しく建てられたのですか? 中井さん -いいえ。「うたんぐら」は私の両親が住んでいた実家を改装した施設です。2007年ごろに、両親が実家を離れることになったのですが、一人っ子の私は高松に住んでいたので空き家状態になりました。上手く何かに活用できないかと、いろいろな対策を考えていました。やっぱり、家って人が住まなくなったら痛んでしまいますからね。 うたんぐら内観
 役場にも相談しました。お年寄りのしゃべり場だったり、ヨガ教室だったり、「うちはタダでいいからなんでも使ってください」と。でも、「何かあった時に責任の所在がわからないのは困る」と言われて。
-いろいろと模索されたのですね。お遍路さんの善根宿を思いついたきっかけは? 中井さん -「中井さん、どしたんや?疲れた顔してるな」
 あるとき、仕事をご一緒したことがある人から、そんなふうに言われて、実は悩んでいて・・・と、ぽろっと言ったんです。
 すると、「60歳で定年を迎え、お遍路参りをしたいという人が結構いる。それに、移住希望者が全国的に増えてきているから、ひょっとしたら四国に移住したい人もいるかもしれない。お遍路参りをした人が、お接待に感銘を受けて、自分の余生は遍路接待をして過ごしたいというような人もおるかもしれんで」と。
  この場所が遍路街道沿いだということに改めて気がついたんです。
  そこで、お遍路さんへの接待の宿として整備するというのは大変良いアイディアだと思い、募集を開始しました。 香川県宇多津町の街並み 香川県宇多津町の街並み 香川県宇多津町の街並み

-反響はありましたか。  はい。あっという間に問い合わせが来たので驚きました。
 Uターンで香川に戻り、余生はお接待を・・と希望されていた定年 (60歳) 直前のご夫婦と出会い、2010年2月から、空き家と善根宿の管理をお任せすることになりました。2011年4月に、宇多津町まちづくりファンドが立ち上がったのですが、善根宿がその趣旨にぴったりはまって、幸いにも採用となりました。
 当初は善根宿だけを考えていましたが、別棟のお風呂場を改築し、社会福祉協議会を通じて無償で地域のお年寄りたちに利用してもらっています。近所にあった銭湯がなくなって、困ってらっしゃるようだったんです。 うたんぐら うたんぐら うたんぐら -実家を改装することに対し、いろいろな思いがあったのではないでしょうか。 中井さん -そうですね。善根宿をお任せしたり、お風呂場を提供したりしながらも、「自分の居場所も残しておきたい」、そんな気持ちもどこかにありましたね。「父の書斎があった、ここだけでも自分のテリトリーにしておけないかな」、「ちょうど通り沿いだし、秋祭りや雛まつりの賑わいも見られるし、 自分がやってみたいと思っていたことがここでできないかな」と考えるようになりました。 香川県宇多津町の街並み
-「自分がやってみたいと思っていたこと」とは?  昔から文化サロンをやりたいと思っていたんですよ。仕事抜きの、ライフワークとして。10年くらい前になりますが、高松では「まちラボ」という活動(※中心市街地活性化法に基づく「TMO高松」関連の動き)があって、「四国びと」にも紹介されている小西さんがサロンを開催していました。おもしろいことをやっている人をゲストに招き、気軽に誰もが聞きに行ける、連続トークショーのようなかたちで。結果的にそこに集っていた方々が、瀬戸内国際芸術祭などいろいろな活動の中心になっていきましたよね。そういう場をここでやるのはいいんじゃないかと思ったんです。

うたんぐらうたんぐら内装
-交流スペースでの活動内容を教えて下さい。 中井さん -交流スペースは15名ほどしか入れませんが、こじんまりとした雰囲気で月に1度はショートフィルム上映会、その他、ミニ講演会やワークショップ、趣味の会(「集まれ電波中年」、「テツオの部屋」)などを不定期に開催しています。イベントがないときには施設の賃貸しも行っています。
 あえて、いろいろなテーマで開催したから、草の根的に口コミで広がっているのかもしれません。趣味の会なんかは、堅い仕事をしている方が、普段バカできないですから思いっきりやるんですよ。 交流スペースでの開催イベント
-参加者から、大変好評のようですね。 中井さん -参加者が少人数になるので参加者同士の距離が近い、ということがメリットになっています。また、ゲストスピーカーや主催者とも距離が近いので、質疑応答のコーナーとか言わなくても質問がおのずと飛び出してきますし、とても親しくなれるんですよね。狭いからこそできる、逆に楽しめるっていうこともあるんだと思いました。
 交流会で知り合い、その後、参加者同士がコラボしてイベントをしたと聞いたときは、とても嬉しい気持ちになりました。この場で人をつなげていくことができて良かったと思っています。
 ただ、今は高松市内からの参加者が多く、地元の宇多津町の方が少ないです。せっかくなので、地元の方に利用して欲しいと思っています。そろそろ、私がかかりきりにならなくても、宇多津町で核となっていただける人作り、体制作りができないかなと。もっとすごい人がこの街には潜在的にたくさんいらっしゃるんですよ。だから、私も自分のやれる範囲で、首を締めない程度に楽しみながらやっていきたいですね。 うたんぐら外観
-ある時は「うたんぐら」の女主、またある時はフリーアナウンサーと、いろいろな顔をお持ちの中井さんですが、それ以外にもいろいろな活動をされていますよね。 中井さん -新聞のコラムを担当していますし、コーディネーターやパネリストとして登壇することもあれば、まちづくり委員会の委員もさせていただいたり。長い間マスコミで働いてきたおかげで、気がつけばネットワークやいろいろな手だてを持っていました。それが、この「うたんぐら」を運営するのにあたって、大変役に立っています。
 私は不器用で数々失敗を繰り返してきましたが、ある時点から「失敗しても、それを糧にする」という気持ちを持てるようになりました。 それが長く仕事を続けてこられた秘訣にもなっているのだと思います。
-ところで、「うたんぐら」の名前の由来は何だったのでしょうか? 中井さん -16世紀まで遡るんですが、大航海時代、スペインから帰国する天正遣欧使節に同行していたイエズス会巡察使の海図技師が作成した「ブランクス(モレイラ系)の日本図」に、讃岐で唯一寄港した地として、宇多津町が記されていました。アルファベットで「VTANGRA(発音:うたんぐら)」と。
 大航海時代との"縁"みたいなものが宇多津町にはありますし、新しい物と古い物がうまく共存している奇跡の町だとも言われているので、「うたんぐら」という名称が、温故知新のキーワードや、町のキーワードになると思ったんです。
うたんぐら内装
-これからの抱負をお聞かせ下さい。 中井さん -私は「浅く広く」というタイプなのですが、もう少し宇多津の勉強をして、何か聞かれたときに、本格的に堂々と自信を持って語れるくらい、この古い街の歴史も自分の中に叩き込みたいですね。
 人の話を聞くことも好きだし、しゃべることも好きだし。やっぱり「しゃべってつなげている」ところはありますよね。なんなんでしょう・・・私は現代の「語り部」みたいな「語(カタ)リスト」かもしれませんね。それだけじゃなく、これからは人と人をつなぐための「"アイディア"リスト」のような存在にもなりたいな、と思います。 うたんぐら石畳


掲載日:2012年5月11日 取材者:O・H