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ちょっと森(しん)呼吸、しに来ませんか?

宜保美紀さん 梼原町立松原診療所長 http://matsubara-forest.blogspot.jp/

川田早苗さん 農家民宿「野彩(やいろ)」女将

宜保美紀さん、川田早苗さん
 雲の上のまち、環境モデル都市としてのまち、そして龍馬が脱藩した道が残るまち、といろいろな表情を持つ高知県梼原町(ゆすはらちょう)。町の面積の約91%を森林が占めるこの自然豊かなまちは、耳を澄ますとあちこちから鳥のさえずりが聞こえてきます。
 梼原町でもへき地といわれる松原地区で、診療所の医師を勤めるかたわら、森林セラピーについて、医学的な面からの効果を検証しながら普及に取り組む宜保先生と、そのセラピーロード(久保谷ロード)の案内人で農家民宿「野彩(やいろ)」の女将でもある川田さんにお話をうかがいました。
宜保美紀さん ―高知市内で医師としてご活躍だった先生が梼原に来たきっかけは? 宜保先生 ―最初のきっかけは夫の提案なんです。夫が田舎暮らしをしたいと言い始めて。その頃、私は高知市内で医師をしていたので、最初は移住なんて・・・と思っていました。でも子どもも小さいし、家族が離れても良くないかなと思って、一家で梼原に移ってきました。 梼原の風景 ―梼原の中でも"へき地"と呼ばれている松原地区に来られた理由は何かあったのでしょうか? 宜保先生 ―梼原に来た当初は、町の中心部に近い場所に住み、梼原病院に勤務していました。ある日、松原地区で地域おこしに熱心に取り組んでいる方が自宅に来て、「話したいことがある・・・」と。何だろうと思って聞いてみると、「松原はとても良いところなんだけど、夜間に医師がいなくなるので、住民がとても不安に思っています。松原に来て診療所で医師をしながら住んでみませんか?」と提案があったんです。 宜保美紀さん

 松原には、彼をはじめ、このままだと衰退してしまうという危機感を持っている人がたくさんいました。そういう人がいて、環境も素晴らしい場所で、皆さんのお役に立てるならいいな、と思って松原地区に来ました。松原診療所では、現在、私と梼原病院からの医師2名の3名体制で診療をしています。

松原診療所
-ところで、松原地区ってどんな場所ですか?
川田早苗さん 川田さん -梼原町の中でもとても陽気な土地柄です。道で会ったおっちゃんが、必ず"だじゃれ"を言って一笑いしてからすれ違うような。

松原地区の風景 宜保先生 -本宅の他に、みんなが集う納屋のような建物を持っている人が多いですね。そこで普段からのお付き合いが自然に生まれます。ちょっと集まって助け合うといった地域のつながりが、暮らしを支えているんです。そして、ここの80代の人たちはほんとうに元気です! 川田さん -70代は現役、60代は若手ですね。昔からの食事と労働のおかげなのか、とても健康なんです。 宜保先生 宜保美紀さん

-私が学生時代に触れたアメリカのレポートに、「健康に関して医療が果たしている役割はたった1割程度で、生活習慣と環境が7~8割を占める」というものがありました。人は生き方と環境によって、元気になったり病気になったりすることもあるんじゃないかなと思っています。松原地区の高齢者が元気なのは、朝早く起きて新鮮な野菜を食べて身体を動かして、と生活習慣が良いことをはじめ、地域のつながり、そして森があって水も空気もきれいな環境が要因かもしれません。

松原地区の風景
-なるほど。「森林セラピー」とは、新鮮な野菜を食べて、きれいな水を飲んで、身体を動かして、という元気な松原地区の人々の生活習慣を凝縮して体験できるものみたいですね。 松原地区の久保谷ロード 宜保先生 -そうですね。「森林セラピー」は医学的証拠に裏付けられた森林浴効果を指します。森林環境を利用して、心身の健康増進や疾病予防を目指すものです。医学的な証拠は、INFOM(International Society of Nature and Forest Medicine 国際森林医学会)などに所属する研究者たちが発表しています。梼原診療所でも、久保谷ロードやその奥の天然保護林でセラピー効果を調査したところ、リラクゼーション効果やメタボ解消効果、抗ガン免疫力増強効果、アンチエイジング効果も科学的に確認でき、成果を学会で医学論文として発表しました。
松原地区の風景
-他の地域にも森林セラピーロードはありますが、松原地区の久保谷ロードの一番の魅力を教えて下さい。
松原地区の風景 川田さん -なんと言っても水ですね。片側は川で、もう一方は農業用の水路です。この水路は100年も前から受け継がれてきた地域の大切な水路です。 農業用の水路 宜保先生 -久保谷ロードは子宮感覚に近い、という産婦人科医もいます。水路を流れる水の速さは毎秒約40cmで子宮に流れ込む母胎の動脈の速さ。川が流れるざざーっという音は、子宮の中にいて聞こえる母胎の血流の音。そして包みこまれるようなこんもりした木や苔から、なんとなく胎内の記憶を呼び起こして安らぎを感じさせる雰囲気がこのロードにはあるんです。また、水や霧が多いためマイナスイオンが豊富で、さび付いた心身を癒す効果も高いですね。

久保谷ロードの苔 川田さん -それと、水が豊かなので、苔の種類が非常に豊富で、珍しい植物が群生しているのも魅力だと思います。ロードにアップダウンがないのも、歩きやすくていいですね。

久保谷ロードの看板 久保谷ロードの景色 久保谷ロードの景色 -宜保先生は、当初、森林セラピーの効果について半信半疑だったとお聞きしていますが。 宜保先生 -はい。検診をしてデータを取って結果を見るまでは、効果に対して、信じきれないところもありました。
 そこで、実際に、都市部在住の健康な30代から70代の10名を対象に、2日間のセラピーモニターツアーを行ったんです。森林散策、地元食材の食事、療養泉への入浴、医師による健康アドバイスなどのセラピーメニューを実施し、セラピー体験前と体験直後、そして6週間後に22項目の検査を行いました。
 すると、体験後には、血圧・血糖の低下や交感神経の緊張を占める唾液アミラーゼの低下、NK細胞の活性、加齢とともに減少するホルモンが上昇し、若返り効果も見られました。これらの結果は体験の6週間後も維持されている項目もあり、効果が持続していることが確認されました。 久保谷ロードの景色 久保谷ロードの看板 久保谷ロードの看板

 実は、梼原町役場がセラピーロードの認定に動いていた頃、私は子育てに手がかかる時期で、あまり熱心に関われませんでした。しかし、今、自然が失われつつあること、自然のもたらしてくれる恩恵の大きさに気づき、都会の人たちにも、もっと自然のありがたさに気づいてもらいたいと思うようになったんです。そのために出来ることは何かと考えるようになって、地元で整備されつつあったセラピーロードに関わっていくことになりました。 川田さん -私たちも先生方のおかげで、お客さんに説得力をもってガイドすることができるようになったんです。 川田早苗さん
-漠然と心地よく感じていた森林浴に、医学的な観点が伴っている点も、松原地区の久保谷ロードの大きな魅力ですね。 宜保先生 -はい。他にも、川田さんのように、あたたかいおもてなしをされている地元の方がいるのも大きな魅力です。セラピーというのは、森の中だけではなく、地域のぬくもりやおもてなしなど、全て含んだものなんです。 -今夏に新しいセラピープログラムを始めるそうですね。 久保谷ロードの景色 久保谷ロードの景色 久保谷ロードの景色 宜保先生 -前回のモニターツアーは、健康な方を対象にしました。今度は、都会でストレスによるうつの症状等をお持ちの方を対象にしています。このような症状にも効果があることを検証しながら、医師として、もっとお役に立ちたいと思っています。 -ところで川田さんは、昨年森林セラピー検定を受けられたとか。 川田さん 川田早苗さん

-はい。ガイドを始めたとき、資格は必要ないと思っていたんです。私は、自然が好きで植物も鳥も山歩きも大好きなので、自分で調べた知識もある程度ありました。それをお客さんに伝えて、喜んでもらえたらいいと思っていたんです。でも、「まだ自分の知らないことがあるかもしれない」と思ったんです。試験を受けてみて、ガイドの仕方も少し変えたり、工夫しようかなと考えるきっかけにもなりました。 -ここは、コテージ風のとても素敵な民宿ですね。川田さんが農家民宿を始めたきっかけは? 農家民宿「野彩(やいろ)」看板 川田さん -セラピーロードができて、モニターツアーが始まって、いろんな人が松原地区に来て下さるのに、松原地区には宿がなかったんです。「少しでも宿があったらいいね」という話もあり、周りの人たちに、「ここ(今の野彩)でやれるじゃないの」と言われたのがきっかけです。 -最後に、宜保先生と川田さんのこれからの想いや夢を聞かせて下さい。 宜保美紀さん、川田早苗さん 川田さん -癒されるロードは全国にあると思います。松原地区の大きなメリットは、宜保先生たちが医療面からも取り組んでいること。私たちも、先生に協力することを通じて、たくさんの人と出会えます。これは、私にとって一番の楽しみです。
 夢は、野鳥が好きなので、今まで見たことがない鳥を見るために、外国に行きたいですね。雄大な自然にイヌワシがいて、草原があって・・・。そんなところに行ってみたいです。 松原地区の風景 松原地区の風景 松原地区の風景 宜保先生 -私は、趣味でバラを無農薬で育てていて。そっちにも没頭してみたいなと(笑)。それが夢かな。

松原地区の風景 川田さん -先生は土から作る本格派。土の中の菌にもこだわっているんですよ! 宜保先生 -まずは理屈から押さえたい性格なんです(笑)。川田さんをはじめ、薔薇のお師匠も松原地区にはいるし、私の他にも薔薇作りを始めた人もいるんですよ。 -いつかセラピーロードだけではなく、薔薇の道でも有名な松原地区になりそうですね。楽しみです。 バラの花


掲載日:2012年7月31日 取材者:K・K