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「よそもの」が「きじ」を特産品に変える!

近藤裕昭さん 鬼北町農業公社 鬼北きじ工房

近藤裕昭さん
 「きじ」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?昔話の桃太郎だったり、少し前の1万円札を思い浮かべる方もいらっしゃるかも知れません。きじは、日本の国鳥で、昔から食されてきました。近年でも冬場に狩猟で捕獲したものを食べていましたが、里山等の自然生態系の環境の変化により、生息数も減少し、食卓で食べる機会は減ってしまい、少し遠い存在になってしまっている面もあります。
 このような中、愛媛県鬼北町では「古(いにしえ)の味を食卓へ」を合言葉に、きじを地元の特産品にしようと日夜取り組み、「鬼北熟成きじ」というブランドを確立しています。
 今回は、社団法人鬼北町農業公社鬼北きじ工房の近藤工房長にお話をうかがってきました。

きじ ―近藤さんは鬼北のご出身ですか? 近藤さん ―実は九州出身なんです。高校まで福岡県で過ごしました。そして、愛媛大学農学部に進学することになって、愛媛県に移り住みました。 鬼北町の風景 鬼北町の風景 鬼北町の風景 ―愛媛大学ではどのようなことを学ばれていたんですか? 近藤さん ―こどもの頃から、魚を追いかけるのが好きだったこともあって、生態系管理を学びました。そこで、物質循環、いわゆる、窒素やリン、炭素などの動きから、魚からみる物質循環の影響などを学びました。 近藤裕昭さん ―就職するにあたっては、いろんな選択肢があったと思いますが。 近藤さん ―大学院まで進んで研究者になろうと考えた時期もありました。でも、自分は、現場が好きだったので、できるだけ現場で動きたい、そして情報を発信できたらと考えました。なかでも四万十川周辺であれば、自分の思いが実現できるかなと。四万十川は「森と海をつなぐ」と言われるくらい、発信力のある魅力的な川ですから。そういう考えの中で、旧日吉村※にたどり着いたわけです。

※鬼北町は、平成17年に広見町と日吉村が合併して誕生しました。 鬼北町の風景 -土地勘がないところで大変ではありませんでしたか? 近藤さん -土地勘はありませんし、縁もゆかりもありません。若かったので思い切った行動ができたのかも知れませんね。旧日吉村に来て7年間は、ひたすら農業系の仕事に広く浅く従事していました。あわせて、畜産の仕事にも関わっていたので、その知識も、実地で学ぶことができました。結果として、地域のこともよく理解できたことは幸いでした。 -そのあとに、「きじ」の担当になられたのですか。
きじ きじ きじ
近藤さん -そうなんです。担当になったときは、驚きと同時に「大変なことになったな」と感じました。当時は、きじについてあまりわかってなかったこともありますが、「きじは簡単ではない」という話は聞いていました。担当になってからは、生育や販売はもちろんのこと、文献や問い合わせ、視察等を通じて、周辺知識について学ぶことにも注力しました。 きじ肉料理 きじ肉料理 料理の書籍 -私も最近知りましたが「きじ」は高級食材なんですよね。 近藤さん -自分も、担当になって、高級食材だと知りました。ただ、フランス料理などでは、普通にメインの食材だったりするんですね。フランスの料理の本を開いたら、基本的なところに載っているくらい重要な食材なんです。日本でも、昔から高級食材として扱われていました。徒然草(※)でも触れられているくらいです。今でこそ、珍しいといわれますが、明治時代や江戸時代だったら、今でいう「松茸」みたいなものだったと思います。ただ、その意識が、食文化や生活環境の変化のなかで少しずつ変わっていったわけですね。今では「きじは食べられるの?」と聞かれることも少なくありません。

※徒然草:「鯉ばかりこそ、御前にても切らるるものなれば、やんごとなき魚なり。鳥には雉、さうなきものなり。雉・松茸などは、御湯殿の上に懸りたるも苦しからず」との記述がある。
きじ 近藤裕昭さん
-近藤さん自ら営業に出向くそうですが。 近藤さん -営業は得意ではないし、セールストークも上手ではないので大変です。だから、営業の際には「おい、頼むぞ」ときじに伝える感じで臨んでいます(笑)。実際には、食べてもらうのが手っ取り早いですが、説明の時には、ストーリー性も大切にしています。必ずしも、皆さんがきじについて深く知っているわけではないので、栄養面やおいしさに加えて、歴史や海外での評価などもお話しするようにしています。あと、うちでは、きじの本来のうまみを出すために「熟成」をさせていることが最大の売りですから、そこは強調していますね。おかげさまで、いまでは、販路も少しずつですが広がってきています。 きじ -強みである「熟成」について詳しく教えていただけますか? 近藤さん -きじ肉は、処理後すぐ食べるより、2日ほど熟成させてから食べた方が美味しいことは昔からよく知られていたんです。そして、化学的に検証したところ、旨味の主成分「イノシン酸」などが、48時間経過後に多くなることが分かり、この時に凍結処理をするのがベストと言うことになりました。でも、熟成とは、要するに徐々に徐々に腐敗が進行していくことを意味しているんです。食品衛生管理法で定められている大腸菌類を基準値以下に抑えるためには、処理直後に凍結するのが望ましいけれど、そうすると旨味のない未熟成のきじ肉になってしまうという課題にぶつかったんです。その後、きじ肉の熟成を進めつつ、大腸菌群・一般生菌の増殖を可能な限り押さえるには、一定の低温で48時間寝かせるのが最適なことが分かりました。みんなで問題に取り組みながら、新しい技術の開発・導入、試行錯誤を繰り返した結果、得られたものです。 近藤裕昭さん 事務所の様子 近藤裕昭さん -きじの熟成は、鬼北にとって大きな強みなんですね。 近藤さん -きじ特有のおいしさを出そうとすると、熟成させるのが一番であることはよく知られているけれど、意図的に熟成することは、極めて珍しいと思います。確かに、手間がかかるし、面倒なことは否めません。ただ、これで他との明確な差別化ができたという自負はあります。「鬼北熟成きじ」というネームバリューは、そこに重みがあるし、強みもあります。 きじ -そのほかに、きじの魅力があれば教えてください。 近藤さん -きじは知れば知るほど、本当に深いなあと感じます。まだまだ試行錯誤の面も多く、新たな発見の連続です。残念なのは、どうしても日々の業務に追われてしまって、新たな取り組みに十分取り組めていないことです。いまやりたいことは、羽根の有効活用ですね。いまは羽根をほとんど捨てているんですよ。とってもきれいなのに。いつも繁忙期になったら、それどころではなくなってしまいます。

きじの羽 きじの羽
-羽根は昔から捨てていたんですか? 近藤さん -羽根は昔からペンに使ったりしていました。実は、以前、農商工連携関係のプロジェクトがあったんですよ。きじで何かできないかという話になって、肉はこっちで売るから、羽根をなんとかできないかという話になって。宇和島の真珠ときじの羽根を使ったアクセサリーを作りました。宇和島の「海」のイメージと、鬼北の「山」のイメージのコラボレーションという意味でも、いい取り組みだったと思っています。 きじ -鬼北のきじの魅力を伝えるために、取り組んでいることはありますか? 近藤さん -販路を開拓していくことはもちろんですが、いまのお客様にもっと満足していただくことも重要です。そのために、既存のお客様の要望や考えをお伺いすることを大事にしています。また、地域の方々に我々の取り組みを理解していただくために、「でちこんか(※)」などのイベントにも積極的に参加しています。あわせて、四国の方々にも「鬼北町のきじの魅力」を知っていただくため、高松丸亀町商店街でのマルシェ(愛媛・南予マルシェ)にも参加しました。高松の方も、最初は「きじ?」という感じでしたが、実際に食べていただくと、「美味しい」という声を多数頂くことができました。このように、いろいろな面から、「鬼北熟成きじ」の魅力を伝えるために駆け回っています。

(※)でちこんか:平成6年から鬼北町役場裏 奈良川河川敷をメイン会場に開かれているおまつり。「でちこんか」とは鬼北地方の方言で「出てきませんか。」という意味。
鬼北町の風景 きじ 鬼北町の風景 きじ肉料理
-近藤さんの夢をお聞かせください。 近藤さん -いずれは百姓で暮らしたいですね。「農業って食えない」っていうイメージがあるじゃないですか。僕が目指している農業は「食べられる農業」です。そのためには難しい問題が山積していると思います。経済環境や先行き等を見据えながら戦略的に取り組んでいかなければいけないのは、きじ産業も一緒です。諸先輩や専門家の先生、そして地域が一丸となって取り組んできて、ようやくここまでたどり着きました。でも、まだまだ戦略的に取り組める点はあるはずですし、乗り越えなければいけない壁もあります。鬼北町のきじを全国区にすること、それが直近の夢ですね。

近藤裕昭さん

掲載日:2012年12月13日 取材者:A・K