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クリエイティブなお坊さんが考える「情報発信」

白川密成 (しらかわ・みっせい)さん 栄福寺住職 http://www.eifukuji.jp

しらかわ みっせいさん
 今治市の中心部から山あいに進むと、四国八十八ヶ所霊場の第57番札所、栄福寺があります。こちらの住職である白川密成さんは、大学卒業後、書店で勤務していましたが、先代のあとを継ぎ、24歳の若さで住職に就任しました。就任後、コピーライターの糸井重里さんが編集長を務める人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」での連載や、本の出版等を通じ、積極的、かつ、分かりやすい情報発信で注目を集めています。近いようでちょっと遠い、そして、敷居が高いと感じがちなお坊さんのイメージとは、少し趣が異なっているように見えます。クリエイティブな分野にも関心が強い白川さんが考える「情報発信」の狙いや、情報発信を上手に行っていくうえでのヒントなどを伺ってきました。
栄福寺外観
栄福寺 栄福寺
-この空間は、お寺の一角とは思えないほどハイセンスですね。正直衝撃を覚えました。 -白川さん  ありがとうございます。仏教は普段の生活の中ではあんまり関係ないというイメージが、皆さんの心のなかに強固にあると思うんですよ。僕は、ちょっと「違う風も吹いている」という旗を立てる必要があると感じていました。だから、この建物を作ることを決めました。設計したのは、伊東豊雄さんの建築事務所から独立した白川在さんという建築家です。ただ、本堂とか、他の既存のお堂はこんなイメージに建て替えるつもりはないですよ。古いものと新しいものが共存しているのが、いま、すごく心地のよいイメージなんです。 栄福寺外観 -子どもの頃からお坊さんになりたいと思っていましたか? -白川さん  子どもの頃は、性格的にはお調子者、ひょうきんという感じでした。しかし、当時から、自分の中で「死」というものがすごく不思議な存在としてあって、小学生ぐらいの頃からお坊さんになりたいかもなぁと思っていました。当時住職だったおじいちゃんの姿に影響を受けた面もあると思います。一方で、高校生の時は漠然といわゆる“クリエイティブ”な仕事にあこがれたりもしました。 しらかわ みっせいさん -クリエイティブな分野への関心の強さは、ホームページやこの空間からも伝わってきます。 -白川さん  僕は、お坊さんの世界で不足しているひとつが、わくわくするようなクリエイティブ、コンテンポラリー (同時代の) な広い意味での芸術的な表現だと思っています。それ、おもろいな!というような。若い人が単純にあこがれるような「格好いい」職種で創造的なことをやってもある意味で当たり前のことだけど、お坊さんの世界でわかりやすくクリエイティブなことをやれば、新鮮味だけでなく、化学変化みたいなものが生じ、面白くなるんじゃないかと感じています。ちょっとその時期は、過ぎつつあるのも感じていますが。 栄福寺外観 -新しい「何か」が生まれる可能性は、この環境のほうが強い気がします。 -白川さん  そうですね。ちょっとそういう活動が先行したこともあるんですけど (笑) 。
 ただ、今や全国区となっている「今治タオル」も同じ話だと思うんですが、商品の品質が良くて初めてクリエイティブな部分が生きると思うんです。仏教も同じで、仏教にはしっかりとした思想があるし、長い歴史もあります。本質が最重要なのは、商品も仏教も一緒です。伝え方の面では、僕たちお寺やお坊さんたちももう少し工夫が必要なのかもしれません。
しらかわ みっせいさん -伝え方ですか? -白川さん  お坊さんになる前から、「ちょっと交通が滞っているな」と感じていました。最近だと「コミュニケーション・デザイン」という言葉も一般的になってきましたが、そういう感覚に少し近いかもしれません。交通とは「行き来」ということです。僕は、仏教の世界の交通を取り戻したかったんです。受け手と送り手の行き来が滞っているので、「仏教ってなんかよくわかんない世界だな」って思われている面があるのではないでしょうか。僕のこのようなアイデアを目新しく感じる人がおられて、社会から少し注目された面もありますけど、「行き来の改善」はこれからが本番です。インターネットや書籍、デザイン、建築をはじめとした仏教以外の要素もうまく使いながら、受け手と送り手の距離感を少しでも縮めていきたいですね。
しらかわ みっせいさん 栄福寺の様子
-精神的な距離感ではなく、物理的な距離感の話になりますが、お寺は基本的に移動できないですよね。流動が激しい今の時代、そのことはマイナスではありませんか。 -白川さん  今はマイナスではないと思います。今までは、受け手は周りに住んでいる人しかいなかったけど、インターネットや本を介して、都市に住む人にも、四国の風土や雰囲気、ここで生活している僕という存在自体を受け渡しすることができます。僕も、「ほぼ日刊イトイ新聞」での連載をきっかけに「ボクは坊さん。」という本を出版させていただきました。嬉しいことに「面白い」って拍手をしてくれる方が日本の全国にいました。
 逆に、これだけ変化が激しい世の中で、長期間動いていないことが、ローカルとしての価値を高めている、という面もあるのかもしれません。何百年単位で動かせないことは、動きが激しい今の社会では、逆に強みに変わっているのかもしれません。少なくてもそういう要素は必ずあります。
しらかわ みっせいさん 栄福寺の様子 栄福寺の様子
-動かせないことが強みというのは、ビジネスにもヒントになるかもしれませんね。 -白川さん  経済系の新聞社の方から「なぜ今お坊さんの本が求められているんだろう」と取材されたことがあります。心に負担を感じている人が少なくはない時代ですから、「癒し」的な雰囲気を求めている面も確かにあるんでしょうけど、ローカルなものを体験できるという側面もあると思うんです。インターネットであれば、この地だからこそ得られる情報や考え方を瞬時に全世界へ伝えることができます。しかし「寺」そのものは、動かすことができない。これからは、お寺においても、地域においても、動かないことを強みと考えて、魅力的なもの、欲しくなるものを多発的に発信することに果敢にチャレンジしていくことが大事だと思います。 今治市の風景 -ただ、チャレンジしたいんだけど、手を挙げられない人も多いと思います。 -白川さん  手を挙げられない気持ちってすごく分かります。誰にでも手を挙げてだめだった経験もあるでしょうし。でも、手を挙げた時点で何かを自分の中でクリアできていると思うんです。最前線で頑張っている方でも、何かを始めるときには怖い気持ちを抱え、これで大丈夫かなって感じていると思います。自分が本当に好き、心から感動した、だから伝えたいと思ったのなら、自信を持って手を挙げていいんじゃないでしょうか。指名されなかったとしても。 しらかわ みっせいさん -それは進路や職業選択などにもつながってくるかもしれないですね。 -白川さん  そうですね。手を挙げることが、意外と別の面白いことに繋がることもあるんですよね。「手を挙げている」場面に第三者的な観客って意外と多いんですよ。「よし、その熱意、このおじさんは、買った」みたいなね。もし、いい結果が出なかったとしても、少なくとも「手を挙げた」ということが自分の心には残っていきます。それっていい意味での「自己満足」だと思っています。分かりやすい例では、恋愛もそうかもしれないですね。 しらかわ みっせいさん -マイナスなことと受け取られがちですが、「自己満足」は大事なことかもしれないですね。 -白川さん  大事だと思いますね。社会に生きている僕らとしては、社会とのつながりの中で、自己満足を追求しながら、自分なりのサイズで生きていくしかないのかなという気がします。「もちろん」なのですが、自己満足だけでまわっていく仕事は、現実には少ないでしょう。でも、遊びから「仕事」にシフトすると、急に「客をどうだますか」みたいな話しかしなくなる人が多くないですか?まずは「自分も好き」を1回、しっかりと通過させていきたいですね。 栄福寺の様子> -成功体験だけでなく、満足体験を増やしていくことも大事ですね。 -白川さん  自分も、満足というのを表層的なところで勘違いしていたかも知れません。僕の場合は、友達と話していてすごく楽しくて、自分の仕事が現実にいろんな人の役に立って、みんな笑顔になっているということが、自己満足指数としては高いなと気づきました。 しらかわ みっせいさん -人とのやり取りが頻繁になって、いろんな体験ができるようになりましたが、人とのやり取りに疲れている人も結構いると聞きます。 -白川さん  すごく共感できる。僕もそうです (笑) 。フェイスブックもツィッターも楽しいですけど、ずっと発信し続け、ずっと何かを読んでるという状態になると、せわしないところが出てきます。仏教では中道といって、「両極端な場所を越える」という思想があるのですが、極端でない場所というのを自分の中で揺らぎながら見つけるということをお勧めしたいですね。インターネットでいえば、発信と受信のどちらでもない状態が中道なのかもしれません。あえて何もしない、沈黙している状態のような時間ですね。
栄福寺の様子 栄福寺の様子
-現代社会では、なかなかそういう時間をつくるのは難しいかもしれないですね。 -白川さん  ある程度、恣意的にそういう時間を作らないと難しいと思います。ただ、こういう話になると、「インターネット社会っていうのは危険だ」という切り口が全面に出てしまいがちですが、インターネットにはこんないいところもある、僕もそれで仕事の幅を広げてきた、でもこういう面もあるよねっていう話だと思うんです。何事もそうだと思うんですけど、ここにこんないいものがある、でもここにこういう側面もある、っていうバランスを考慮することって大事だと思います。取捨選択だけではなくて。極端でもなくて。 しらかわ みっせいさん -最後に、情報発信能力を高めるために必要なことをお聞かせください。 -白川さん あの結構、大事な話だと思うのですが、「情報発信」が絶対ではないと思うんですね。「うまい店」って、町外れにあっても混みますから。どちらかと言えば、「言葉づかい」のような話だと思います。いま世の中にあふれている情報って、本当は正直な表現ではないのではと感じることが多いです、自戒を込めて。まず、本当に伝えたいことをイメージしてみたり、言葉にしてみたりすることが大事なのではないでしょうか。そして、飾らずに正直な言葉で伝えてみたらいいと思います。同時に、その困難さを知ることも大切だと思います。
 伝えるって結構難しいことなんですよね。僕はこれから、仏教を舞台に、情報が受け手に届いているかどうか、本当にその人たちの心は動いたんだろうかという着地点をちゃんと見ることを大切にしていきたいです。そうすることで好奇心とか、自分の率直な気持ち、素の自分を、もっと仕事に結びつけられるんじゃないかなと思います。
 まずは、「少なくとも俺は面白い」という「自己満足」のチェックを心掛けたらいかがでしょうか。それが、情報発信能力を高める第一歩になると思います。
しらかわ みっせいさん 掲載日:2013年12月11日 取材者:A・K