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「みやび」と「ひなび」を対等にしたい

玉井大蔵さん ひなのや http://hinanoya.co.jp

玉井大蔵さん
 愛媛県西条市丹原町。幹線道路から奥まったところに、農家のような外観の店があります。
 この店から産まれているのは、パン豆と呼ばれるポン菓子。地元で古くから親しまれているパン豆に、新たなパッケージや味付けを加え、県外にも販売しています。そんなパン豆の生産・販売を行う、ひなのやの玉井大蔵さんにお話を伺ってきました。
店舗 -ここでパン豆を作っているんですね。 玉井さん - ここは元々は農家を営んでいたひいばあさんの家だったのですが、空き家となっていたので、現在、このような形で活用しています。
店舗
店舗 店舗
-他の地域ではパン豆では無くて、ポン菓子という呼び方が一般的だと思うのですが。 玉井さん - パン豆という呼び方は愛媛県東予地方だけだと思います。この地域では、昔から結婚式の定番の引き菓子です。地元の人にとってパン豆は買うものではなく貰うもの。また、貰って嬉しいものかというと、「なんだパン豆か」という程度の位置付けだと思っています。
パン豆のパッケージ
パン豆 店内に並ぶパン豆
-そのようなパン豆を販売しようと思ったきっかけは? 玉井さん - 大学卒業後、電機メーカーに入社しました。入社から数年経ち、会社員は少し違うなと思い始めたころ、農業機械の販売店を営んでいた実家から「地元に帰ってきて商売を継ぐ気はないのか」と言われ、西条に帰ってきました。現場に飛び込んでみると、農家の方たちの経営状況があまり芳しくないということに気が付きました。兼業農家が多いのですが、これからは本業の方も安泰とはいかない時代。更に顧客は高齢層が多く、次の担い手もままならない。そういった状況の中で、1台何百万円の農機を売り続けていくことに強い危機感を覚えました。 西条市丹原町の風景 -どうにかしないといけない、と思ったわけですね。 玉井さん - それでも農機事業だけでも何とかご飯を食べていく程度には出来たと思います。僕はトラクタ、田植機などの機械修理メンテナンスも出来るのですが、現状のままに人生を粛々と進めていくのは面白くないかなという思いもありました。
トラクタ お米
-その後どのような流れでパン豆を製造するようになったのでしょうか? 玉井さん - 最初は、農家の経営を向上させようと、農家の方からお米を高く買い取り、高くマーケットに販売するというようなことをやっていました。しかし素材そのままに流通させるだけだとなかなか利益が出ない。ちょうどその頃、加工品を作って成功している農家が全国各地で出てきたことを知り「これだ」と思いました。この辺はフルーツ、観光農園が多いので、地元の果物農家さんと一緒になって、フルーツ大福を作る。これはいけると思いました。
 しかし、製造を始めても素人だから毎日ロスが出て、嫌になりました。どうしようと困っていた時に、ちょうどお米を膨らます機械が手元にあったので「試しに膨らましてみるか」と。でもこんなの売れるわけないなと思いながら、地元の産直市場に持って行きました。
西条市丹原町の風景 -産直市場での反応はどうでしたか。 玉井さん - これが意外と売れました。気を良くして、新しくパッケージを作りました。最初は愛媛県内を中心に、知り合いの飲食店の方などに、「レジ横に置いて」などとお願いをしながらスタートしました。
 土地柄に助けられたところもあります。これが他の地域だとこんなにスムーズに進んでいかなかったと思います。
ひなのやの店内 ひなのやの店内
-土地柄に助けられた、というのはどういうことですか? 玉井さん - この西条、今治、新居浜あたりの人は、先にも述べた結婚引き菓子としての文化もあり、パン豆に馴染みが深く、思いのほか潜在需要が高かった。愛媛大学でパン豆の研究をされている先生がいらっしゃるのですが、その方の推測では、愛媛県は全国消費量ナンバー1だろうと。近所の人達に「ちょっとごめん、マメ(方言=米の意)はじくけん、昼間やかましいかも知れんけど」って言ったら、「マメ屋が出来た」とうわさになり、そのことを聞きつけた人が米と砂糖を持って「膨らましてくれ」と来店してくれます。そんな土地柄です。
ひなのやの店内
ひなのやの店内 パン豆
-口コミで広がったということなのでしょうか。 玉井さん - そうですね。大変ありがたい話だと思います。また今では口コミ以外で県外への販路もできてきました。壬生川駅の近くに、食の創造館という三セクの施設があり、そこに置いてもらっていたところ、そこへ県外のお店のバイヤーさんが四国のお菓子をということで、パン豆を持ち帰り評価してくれたことがキッカケです。
パン豆
パン豆 パン豆
ひなのやの店内
ひなのやの店内 ひなのやの店内
-パッケージのイラストが特徴的ですがデザインは有名な方にお願いしたのでしょうか? 玉井さん - 隣町で美大出身の女性がセミプロでデザイナーをやっていて、その女性と知り合う機会があり、イラストをお願いするようになりました。セミプロだから、僕も気持ちの余裕があって言いたいことを言えました。そのようなコミュニケーションを積み上げて、パッケージのイラストは出来ています。
 商品そのものというよりも、昔からある、みんなが知っている駄菓子を新しくパッケージングしたというところが評価されている一番のポイントだと思います。
パン豆のパッケージ
パン豆のパッケージ パン豆のパッケージ
-新しいことをするというのが好きなんでしょうか? 玉井さん - 人と同じことが嫌ということがあります。引き出物のパッケージも昔から地元で流通している既存のパッケージを使ってもそれなりに売れると思いますが、それでは面白くないというか。
 自分じゃなきゃとか、お前じゃなきゃ、あの店じゃなきゃ、と周りの方に言って頂けないと差別化にもならないし、差別化が出来ないと商売にならない。という感覚は昔からありました。
西条市丹原町の風景
お客さまからの手紙 パン豆のパッケージ
-地域の農業を守ることも意識しているのでしょうか? 玉井さん - 地域の農業を守るというと大袈裟ですが、意識はしています。原料のお米は全量地元産。自身でも米作りをしています。以前は、米作りに自ら携わるよりも、もっと商品の販売や流通に力を注いだ方が良いのではという思いもありました。しかし、最近では、それは良くないという気がしています。この辺りの人はパン豆を手土産として買ってくれますが、「土産」って土から産まれると書きますよね。販売にばかり力を注ぐと土から離れていくような気がしてならないんです。
西条市丹原町の風景
ひなのやの店内 ひなのやの店内
ひなのやの店内
ひなのやの店内 ひなのやの店内
-「土産」と書くところから土、そういうところを考えるところがカッコイイですね。ひなのやという名前も考えて付けられたんですか。 玉井さん - 先人は偉いと思います。ふと気が付くと「あぁ、そうっか」って。ある人から聞いたのですが「雅(みやび)」に対する言葉が「鄙美(ひなび)」らしいんですね。「みやび」というのは、都会の美しさとか、上品さという意味ですけど、「ひなび」という言葉には田舎の美しさという意味がある、と。なんとなく「みやび」のほうが、素敵で上品でいいモノ。一方の「ひなび」はひなびたとか野暮ったいといった下のイメージが先行しがち。ずっと見上げながら暮らしていくのはイヤじゃないですか。やっぱり都会と田舎の価値対等にしたいという思いがあります。なのでひなびを伝えていくお店、という事で「ひなのや」にしました。
ひなのやの店内
パン豆 パン豆
-間違いなく先駆者になっていらっしゃるのではないですか? 玉井さん - 少しずつ自信が付いてきました。お客様からお褒めの言葉をいただいたり、そういったものの積み重ねがあって、自分の中になんとなく自信が生まれてきました。キッカケは良く分からないのですが、子供ががむしゃらに自転車の練習をしているうちにいつの間にか補助輪が外れている、そんなイメージです。 玉井大蔵さん -ある日突然乗れるように。 玉井さん - それと同じような感覚だと思います。 庭の木 -自営を始めたからこそ得られたというものはありますか? 玉井さん - そうですね、良し悪しは別として会社員の頃とは、仕事や暮らしに対する考え方がずいぶん変わったと思います。勤めていたころは、いかに効率よく働いて、いかに休暇をたくさん取って、いかにお金を沢山使うかということにしかベクトルが向いていませんでした。今は「僕は何のためにこの仕事をするのか」「この仕事を通じてどんな価値を提供できるのか」こんなことを考えるようになりました。
玉井大蔵さん
ひなのやの店内 ひなのやの店内
-そんなことを思いながら、自分にしかできないことをされているのでしょうか? 玉井さん - そうですね。そうじゃなきゃ自分自身気持ちが良くないので。ある人の言葉をそのまま真似をすると、「ニヤニヤしながら暮らしていきたい」。その為にはニヤニヤできるような環境を自分で作るしかないと思っています。
ひなのやの店内
ひなのやの店内 ひなのやの店内
-20年後、30年後に、玉井さんが「ニヤニヤしながら暮らす」というのはどのようなイメージですか? 玉井さん - 20年後と言えば例えば幼稚園に通っている子どもなら大学を卒業して就職する頃だと思います。その子たちが大学とか都会で、「どこの出身?」と聞かれて、「西条」って言ったら、「ああ、あの西条?素敵な町よね」って言われたら、ニヤニヤすると思います。僕の時は西条と言っても通用しませんでしたし、広島の西条と勘違いされる。なんとなく自慢できるものがないというか変な引け目がありました。
 最近、関東のある町のお菓子を口にしました。そのお菓子はインパクトがあってとても美味しい。その町には会社員時代に何度か足を運んでいるのですが、山に囲まれて海が無いので絶対住みたくないと思っていました。でも、こんな素敵なお菓子がある町だったら素敵な町に違いないと今は思い直しています。西条もそういうふうになればと思っています。
玉井大蔵さん
ひなのやの店内 ひなのやの店内
玉井大蔵さん
掲載日:2013年9月4日 取材者:F・Y