ものづくりの基盤技術である溶接。壊れるのは溶接部からと言われるほど繊細な技術であるとともに、熱を伝えるという性質上、精密な加工には高度な技術を要します。そんな溶接について、大手企業にも負けない技術力を育て、その継承に取り組む株式会社香西鉄工所(香川県高松市)の香西薫さんと、その活動を支える独立行政法人産業技術総合研究所四国センターの勝村宗英さんにお話をお伺いしました。
-香西鉄工所は、昭和2年(1927年)に創業され、昭和29年(1954年)に会社を設立されていますが、子供の頃から会社を継ぐということを意識されていたのでしょうか。
香西さん
私が生まれたときにはすでに父が鉄工所を経営していたので、子供の時から兄と二人で会社を継いでいくというのは意識していました。ものづくりに興味がありましたので、工業高校に入り、卒業後は家業を継ぎました。
その頃の会社は、溶接業というより、鍛冶屋、なんでも屋と言った方が近いかも知れません。ボイラーの修理などを行っていたのですが、当時では新素材であったステンレスやチタンへの取り組みが始まったところでした。
-新素材を溶接する技術も先端的なものだったんでしょうか。
香西さん
今と違いTIG溶接(※1)など無く、アーク溶接(※2)しかありませんでした。かなり難しかったです。でも、不便だから工夫し、それにより理解が深まったように思います。今では溶接しているところを見ると、なぜ失敗するのか経験と勘で分かるようになりました。
(※1)TIG溶接:熱に強いタングステン(Tungsten)電極を用い、その周囲に不活性ガス(Inert Gas)を流して溶接する方法。溶接部分に酸素がないため、材料が酸化しない。アーク溶接の一種。
(※2)アーク溶接:電気の放電現象(アーク放電)を利用し、同じ金属同士をつなぎ合わせる溶接方法。
勝村さん
自分が学生の頃は、まず、ガス溶接の実習からのスタートでした。見えない部分なんかは「心眼で見ろ」と言われながら工夫していました。そういう世界です。今はITの技術がどんどん入ってきて、内部も可視化されてどういう状況か確認できるようになりつつあります。ただ、熟練の職人の感覚を数値化、可視化できても、それは職人が体感しているという基盤の上になければならないと思います。可視化と言ってもぼんやり見るのではなく、心眼を働かせて見ることが大事ですね。ITにも限度があります。
香西さん
今の若い人たちはマニュアル化したものじゃないとできないところがありますね。マニュアル通りにやると「できた」という達成感はあるんだけど、マニュアル通りにできているかどうかで判断するだけなので、失敗したときに、なぜできないのかが理解できていないように感じます。どうすればもっと上手くできるのか、なぜ失敗したのかなど、知識・経験の習得により貪欲になってほしい。手先の器用さとか才能とかより、もっと技術の習得について考えながら腕を磨いてほしいですね。
-溶接は失敗から学ぶことが多いということですか。
香西さん
溶接が成功するか失敗するかは紙一重です。ものづくりは失敗して発見があり、失敗しながら苦労して積み上げた技術が「技」になると思います。成功だけでは成長しません。そして、それが自分のコアになります。でも失敗続きで困ったときには、勝村先生のところに駆け込みます。
勝村さん
溶接学会で失敗事例を集めたことがあります。普通、研究者は失敗のデータは出したがらないですよ。もちろん、企業も失敗事例を出さないですね。そこをお願いして、何とか事例を収集しました。それを学会で整理し、溶接の失敗事例データベースを作りました。かなり反響がありましたね。成功事例も確かにいいことだけど、成功事例ばかり追っかけていても勉強にならない。いっぱい失敗事例を知るべきです。失敗事例は、同じことをしたら必ず失敗するのが分かっているので、よく勉強したらためになります。
-ものづくりにおける溶接技術とはどのようなものですか。
勝村さん
どうも完成している技術と思われがちですね。特定ものづくり基盤技術(サポーティング・インダストリ-)(※)にも、約1年後に追加指定されました。すでにみんなが習得済みの技術だと考えられていますが、新素材ができれば、その都度新しい溶接方法が必要になりますから、完成というのは無いのかも知れません。溶接はどの機械でも使われていますから、ものづくりは溶接から発展していくとも言えるかも知れません。
(※)特定ものづくり基盤技術:鋳造、プレス加工、めっき等、その相当部分が中小企業によって行われており、国際競争力の強化や新事業創出に資するため、国がその高度化を図っている技術。現在、22技術が指定されている。
香西さん
ものづくりに機械化、コンピュータ化があっても、基本は大事だと思います。特に溶接は個人の技量による部分がかなり大きいと思います。今はステンレスと高張力綱を扱っていますが、ステンレス、高張力綱にも幅広く種類があり、材質ごとの工夫が大きく品質を左右します。
-先端技術も基礎技術から成り立っているんですね。
勝村さん
先端技術と言っても、根本的には基礎技術の精度を上げる、あるいは組み合わせることで品質をどう上げるかということだと考えています。精度と品質の向上を産業界のみなさんがちゃんとやっているから、これまでは日本が優位に進んできたと思います。
香西さん
日本は現場を重視していると思います。特にうちは、現場から事務方に意見を多く出しています。1分でも1秒でも早く、きれいに、安く作り上げていこうという意識が高いです。例えば、ドイツでは、事務方から現場に指示を送り、ルール、指示を積み上げたものが製品になります。現場では言われたことだけをやるような感じです。日本とドイツでは根本的に考え方が違いますね。
また、工場がキレイになると製品の品質が一段と良くなると考えています。事務所でも整理整頓ができているところは、ミスが少ないと言われています。日本のすばらしさはこういうところにもあるなと思います。
-新しい分野への挑戦として、再生可能エネルギー関連の設備も手がけられているのではないでしょうか。
香西さん
古くは北海道の風力発電のタワー関連、最近では松山市にあるメガソーラーの架台製作に携わらせて頂きました。しかし、この分野は技術競争ではなく、コスト競争の泥仕合をしているように見受けられます。僕らはそういうものを手がけるより、あくまでも、ものを売る、技術を売れる会社になれるよう心がけています。例えば一つの部品であっても、その部品がどんな機械のどんな場所に使われるかで、強度や形、溶接の仕方などが変わってきます。部品だけでなく全体からその部品を見て考えるようにしています。
勝村さん
今までの日本企業の勝ちパターンは、国内あるいは身近なところで連携して世界に打って出ていましたが、今はそれが通じなくなっています。これまでは技術立国と言われたように技術先導型でしたが、今後は価値をどう作っていくか、価値を商品にどうやってオンするのか常に考えないといけないと思います。
![鉄工所内の様子](image/14.jpg)
また、現場の声をどのように活かし、プロデュースしていくかが必要だと思います。アフターサービスを行っている企業は、稼働状況の正確な把握から迅速なメンテナンスまで、満足度の高いサービスを行うことができます。香西鉄工所のすごいところは、行動指針に「高品質」を挙げていますが、そこに挙げるまでもなく、安心、安全が大前提となっていることです。低コストや短納期はどこでも狙っていることですが、安心、安全が担保になっていると、自信を持って製品の提案ができます。
-現場の声がポイントでしょうか。
香西さん
来年、会社設立60周年を迎えます。歴史もですが、会社の中で受け継がれていくものがあります。そんな中で、我々も社員の意見に耳を傾けないといけないし、技術の世界へ果敢に挑戦できる若手を、いかに育てていくのかが大事だと思っています。技術の継承に対して会社として力を入れていかないと、技術者に任せっぱなしでは済まされないという気がしています。
-人を育てるということについて、具体的にどのようにされていますか。
香西さん
当社は新卒採用が年間4人程度入ります。その新人を育成するため、定年を迎えた人の中で指導に向く人を選び、新たなセクションを作りました。俺の背中を見てやっていけという時代ではないので、熟練工が新入社員をマンツーマンで指導するようにしています。
また、定年後でも働きがいのある場を提供することも狙いとして考えていますし、若い人にはここで働いてよかったと言われるようにしたいとも思っています。
その成果か、ここ10年あまりは新卒採用者のうち退職者はゼロです。高卒者の採用は学校の先生方にも喜んでもらえています。入社時にずいぶん心配していた生徒が、2~3年後に県内の溶接コンクールで入賞したときには、どうやって教えているのかと驚かれました。
その後は、学校との連携もうまくいき、学校の成績がいい子が応募してくれるようになりました。こういうことが循環的に起こると、どんどんいい方向に進んでいくので、どんなに忙しい年も学校からのインターンシップは必ず受け入れています。
-人を大事にされているんですね。
香西さん
我が社では、社員を「人財」と考えています。また、人と人が支え合うこと、そういうことを大事にしたいと思っています。
社章を作るときもそんな議論をしました。香西のイニシャルのKと人という文字を合わせたデザインになっていて、人とのつながりを大切にするということを表しています。
-最後に香西社長の夢を聞かせて下さい。
香西さん
夢というとお恥ずかしいですが、今は四国内の取引先が多いので、将来的に、全国の大手企業と取引できるよう、溶接の技術のみならず生産技術や機械技術とかもレベルを高めたいと思っています。そのためには、全般的にバランスのとれた社員を育てていきたいです。そして、この地域、四国に全国から仕事を持ってきたいと思っています。
-勝村さんは、香西鉄工所に今後どんなことを望んでいますか。
勝村さん
香西鉄工所は、安心、安全という社長の思い、行動指針が現場の社員に深く浸透しています。それが高品質な製品を生み出す前提となっています。これを社員だけではなく、社外にも伝わるようPRして、第二、第三の香西社長さんが現れるような土台を作ってほしいですね。
掲載日:2013年10月22日 取材者:T・Y