
香川県東かがわ市は、全国で90パーセントのシェアを誇る手袋の産地です。ここに、卓越した技術と提案力、妥協なき品質へのこだわりによって世界のSWANYと呼ばれ、米国のスキー手袋市場ではトップシェアを誇る株式会社スワニーがあります。創業77年となる同社は、国内では有名ブランドの手袋をODM生産(※)するほか、独自の特許技術で杖代わりにもなるキャリーバッグを開発・販売するなど、消費者の視点に立った温もりのあるものづくりに取り組んでいます。
2012年度の第2回「四国でいちばん大切にしたい会社大賞」において、社員の自主性を尊重し、地域を大切にする取り組みが評価され、中小企業基盤整備機構四国本部長賞を受賞した同社の代表取締役社長 板野司さんにお話をお伺いしました。
(※)ODM(Original Design Manufacturing)生産:相手先ブランドによる設計・製造までを提案するため、OEMに比べて価格競争になりにくいのが特徴。株式会社スワニーでは、素材の調達から、設計・製造まで同社が行う。


-「四国でいちばん大切にしたい会社大賞」を受賞して、社内の反応や影響はありましたか。 板野さん -やはり社員たちが変わりましたね。この賞を頂いたおかげで、自分たちがもっとそれに見合う社員や会社にならないといけないと、社員の働きがいや自分からもっと会社を良くしようという気持ちが出てきたと思います。それから、新卒採用の会社説明会では、昨年に比べてエントリーが2倍に。おかげさまで優秀な社員を採用することができました。

-大賞に応募するきっかけは何だったんですか。 板野さん -四国経済産業局さんが主催するワークショップに参加させていただいたときに、多くの気づきと実践手法を得ることができました。四国の志の高い企業さんと共に学び合い、交流ができる場にもっと参加することで、少しでもいい会社に近づきたいと思ったんです。

-経営者として大切にされていることは何ですか。 板野さん -当社には、1972年の韓国進出時に作成した「自分のために、社会のために、世界のために」という社是があります。私はこの「自分のために」、つまり、「社員の利益(経済的価値)と幸福(働きがい)の実現」を、いちばん大切にしています。
給料を上げることも福利厚生の充実も大切ですが、社員の自立性を尊重した働きがいのある職場がつくれないかと。お客様や周囲から感謝される喜びで仕事を通じて成長していく充実感、高い志を持った会社で働いているという喜びを満たしてあげることは、社長の役割だと思っています。

-なぜ働きがいのある会社づくりを考えるようになったんですか。 -当社には、昔からいい組織風土や文化がありました。外国人とも分け隔てなくオープンで自由闊達で、英語や中国語を話す社員がたくさんいて、ローカルだけどグローバルで、どちらかといえば男社会というか、体育会系のノリで、海外で活躍する社員がぐいぐい引っ張っているという会社でした。
しかし、女性向けのキャリーバックの事業が伸びてくると、徐々に女性社員が増えていき、手袋の事業も女性向けの商品を充実させたいと考えていたので、もっと女性が働きやすい、全社員が働きがいを持って働ける職場づくりが必要だと強く思うようになったんです。

また、私は、20年前に現会長の娘婿として入社してからずっと営業をやっていたので、社員の気持ちがよく分かっていました。今は、会社を代表する社長という立場ですが、社員を代表する社員長だと思っています。会社は社員のためにあるという自分の信念を経営にも活かしていきたい、その思いから社員の働きがいのある会社づくりを目指すようになりました。

-働きがいのある職場づくりに向けて、どんなことに取り組んでいますか。 板野さん -2009年に社長に就任してから、最初に取り組んだのは、社是とスワニー憲章を社員に浸透させることでした。社是やスワニー憲章は、ある意味会社がつくったものなので、それだけでは文化として根付いていきません。社員がやりがいを得るためには、経営や組織のあるべき姿を社員の目線できちんと明文化しなければいけません。社是とスワニー憲章の理念を共有するためにも、社員による社員のためのクレド(信条)を創ろうと思ったんです。
クレドは、約1年かけて社員だけで創りました。幹部は一切口出ししていません。



-クレド(信条)はどのようにして全社員に浸透させていきましたか。 板野さん -クレドは、ただ単に共有するのではなく、現場に落とし込むことが大切です。そのために、「ありがとうカード」など様々な取り組みをしています。もちろん、はじめは抵抗などもありましたが、続けていくことが大切だと考えています。私一人ではできないので、それぞれの取り組みごとにプロジェクトチームをつくっています。
「ありがとうカード」は、部署間を超えて同僚や先輩に対して感謝の気持ちをカードにして伝えるという活動です。カードをもらった人はやる気が出て、社内のコミュニケーションもよくなり、社員一人ひとりの気づきの力や感性も磨かれ、組織の活力を高めるきっかけになっています。



-御社の昔からある組織風土や文化についてもう少し聞かせてください。 板野さん -当社には、先代より受け継がれた、いい組織風土と文化があります。上司や部下といった肩書きを超えて、人として尊重する分け隔てない平等の精神は、まさに当社の原動力です。これは海外でも同じで、同じ釜の飯を食う仲間として、本社と工場は利益を折半する形をとっています。海外の工場をコストセンターにすると、社員のモチベーションは上がらず、現地人の幹部も育ちません。海外であっても、人を大切にする日本的経営を行っています。

また、経営会議の議事録や決算もすべて公開するなど、社員一人ひとりが経営に関心を持てる仕組みをつくっています。コミュニケーションを図るための親睦会行事も多く、全て社員が企画しています。
現場の裁量権も大きく、若手でもアイデアがあれば、企画段階から商品化に携わるチャンスを与えます。まず行動、走りながら考えるという「やってみーまい精神」や、ものを大切にする、無駄なく使うという「もったいない精神」もいい文化として受け継がれています。



-いい組織風土や文化をつくるために何か取り組んでいることはありますか。 板野さん -人を尊重する企業文化であり続けることは、一見やさしいようで難しい。だからこそ、共有し、浸透させ、根付かせていくことが大切なんです。当社では、あるべき姿から自ら問題を発見し、チームでそれを解決する力をつけていくために、5S運動(整理、整頓、清潔、清掃、しつけ)を行っています。
この5S運動がきっかけで、地域清掃へと活動の場を広げたチームもあります。人を尊重するという理念が根付いていたからこそ、地域を大切にする気持ちも自然と生まれてきたのだと思います。



-それが商品開発にも生かされているのですね。 板野さん -当社の主力商品の一つである「Walkin’Bag」は、現会長の三好鋭郎が小児マヒの後遺症で右足が不自由であったことからアイデアが生まれ、10年の歳月をかけて湾曲ハンドルとキャスターの特許開発により実用化できました。そこには、健常者には見えない大きな市場があったんです。
今では杖代わりにもなり、動く手摺として絶大な支持を得ています。ユニバーサルデザインは、健常者にとっても使い勝手が良く、小さいハンドバック型のキャリーバックを開発してから女性のリピーターが増えています。



アンケートはがきは年間6,000通ほど届きますが、「出かけることが楽しくなった」「細部まで思いやりのあるつくりで感動した」と、クレームよりも感謝の言葉の方が多く、商品を通じて、人を元気にし、社会に貢献できることへの喜びが社員の働きがいにもつながっています。常に使う側の立場を考えたものづくり、オリジナリティと差別化こそが当社の強みだと思います。



-海外進出のきっかけや、苦労したことは何ですか。 板野さん -海外進出は、1964年に現会長が米国で手袋のセールス行脚をしたことがきっかけです。当初は、どこを訪ねても門前払いで、6年半をかけてやっと最初の注文をもらいました。
1990年からはスキー手袋の自社ブランドを立ち上げ、今では、米国市場で3年連続売上1位を獲得しています。これは、アメリカ人のマーケティング力、日本人のものづくり精神や企画力、中国人の縫製の技術力の三位一体の力だと思っています。
また、「Walkin’Bag」は、日本ブランドに対する信頼に加え、デザイン性や機能性が評価されて、アジアを中心に取扱店が増えています。ユニバーサルデザインは、世界共通で潜在需要はかなりあると思っています。台湾をはじめ、今後は、香港や韓国への進出も考えています。

-ノルマやホウレンソウについてはどう思っていますか。 板野さん -もちろん、当社には売上げ目標はありますが、ノルマはありません。また、ホウレンソウは、上司の方から部下の行動を把握するよう努めるべきだと考えています。上司はホウレンソウがないと騒ぐ前に、部下がそうできない空気感を自分や組織がつくってしまっているということにまず気づくべきではないでしょうか。



-これからの展望を聞かせてください。 板野さん -企業は人を育て、人によって発展します。当社は創業以来、仲間(チームワーク)を大切にし、卓越した発想力やものづくり精神を持つ人財の育成に努めてきました。これからも世界に羽ばたく企業として、欧米での自社ブランドの確立と国内ODMメーカーとしてナンバーワンを目指し、お客様に喜ばれる商品づくりを続けていきたいと思います。そのためにも、これまでのよき組織風土や文化を大切にしながら、それにプラスして、全社員がリーダーシップを持って、問題解決の本質に迫れるような組織づくり、一言でいうと「人間性尊重の経営」を目指していきたいと考えています。
今後も、社員が働きがいのある誇りの持てる企業であり続けるために、いい会社づくりに邁進していきたいと思います。
