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なにごとも「チャンス&チャレンジ!」

宮谷 尚文さん 株式会社ミヤタニ http://miyatani-medical.jp/

愛媛県松山市の四国八十八箇所霊場第53番札所円明寺にほど近い場所に、精密機器などの部品製造を手掛ける株式会社ミヤタニがあります。自社の設備や技術を活かして採骨器などの医療機器開発に新規参入。エンドユーザーである医師との徹底的な対話と十分な下調べによる効率的な提案プロセスによって医療機器を次々と生み出し、医療現場の課題を解決している株式会社ミヤタニ 代表取締役 宮谷 尚文さんにお話を伺いました。



主力商品である骨切除用ブレード「MK wedge Blade」のPRチラシ、
愛媛県イメージキャラクターみきゃんとコラボした手術用のこぎり「MG SAW BLADE」のPRチラシ


-宮谷さんが医療機器開発に積極的に取り組むようになったきっかけは何だったのでしょうか?

宮谷さん

整形外科のお医者さんから相談を受けたことがきっかけではありましたが、積極的に関わっていこうと思ったのは、いわゆる同業他社との差別化を図りたかったからですね。ニッチな分野かもしれませんが、そこで勝っていこうと。

この業界は、「医療機器製造業許可」や「医療機器販売業許可」など、事業を展開していくうえでライセンスが必要になってくるのですが、それをクリアしていくことによって他社との差別化が自然とできていきました。

そもそも、創業当初から自社ブラントや自社製品といったものが、ずっと欲しかったのです。下請けの孫請けがスタートラインだったので、自社ブランドが確立すれば、ある程度自分でマネジメントできるようになりますよね。いわゆるメーカーになるということで。じゃあ、何のメーカーになるのか。今までいろいろな仕事をしてきましたが、それぞれ波があったので、無い業界は何か?と。

-なるほど・・・。

宮谷さん

ビジネスの波というのは必ずあるわけですよね。その波が少ない業界は何だろう?なおかつ、価格がいいものは何だろう?と考えていくと、「医療」の世界ではないかということにたどり着きました。そこから、今、自分が携わっている事業を活用してできることを突き詰めていくと「ものづくり」になるわけで、自社の設備でできるものは何だろう?と考えていったんです。

要するに、大きな枠からだんだん枠を小さくしながら考えていくと、おのずと答えが出てきたわけです。

じゃあ次は、医療の世界で何があるのかな?と調べていきました。眼科もあれば皮膚科もある、外科も内科も脳神経外科もあるじゃないですか。そうやって絞り込んだところで、医療の世界の人に出会うことで自分の技術と一つの線につながっていきました。

-先生(医師)とは、どのように出会われたのですか?

宮谷さん

愛媛県庁の方に、「一緒に医療機器開発ができるお医者さんはいませんか?」と相談してみたら、ある先生にお会いできることになりました。

「先生はどういったことでお困りですか?」と聞くじゃないですか。すると向こうも答えてくる。できる、できないは別としてもね。先生もお忙しいので、外来が終わった後の空いた時間なんかで、お互い雑談もしながら対話のキャッチボールをしていきました。

先生から「こんなことで困っている」とあるテーマが出てきたときに、私は「先生、できるでしょ?」と逆に問いかけました。先生は「なんで?」「なんで宮谷さんはそんなことができるの?」と。先生の頭の中が「クエスチョン」になるわけですが、紙に図面を書いて、「先生、こうやって、こうすれば、こうなるでしょ・・・」と伝えると、「あー!なるほど」と。。

先生と実際に会ってお話しし、帰って図面を書いて、試作を作り・・・。ああでもない、こうでもないと・・・。こんなやりとりを繰り返して、製品化に結びつけていきました。

-医療機器の製造販売業許可の取得は普通2年程度かかるといわれているところを、8か月で取ったというスピード感はどこからきているのでしょうか。

宮谷さん

受験勉強も一緒ですよね。例えば、いろんな本があるでしょう。本を読んで、これとこれとこれはいるぞと。ポイントを押さえて取り組みました。

-ポイントを絞り込んでいくから早いわけですね。でも、そこには「クエスチョン」、「なんで?」という、「なぜ」ということを追求する姿勢も大きいような・・・。小さい頃からそうだったんですか?

宮谷さん

小さい時からそうですね。「なんでそうなるの?」ということを疑問に思うじゃないですか。ただそれだけ。基本はそこです。

許可申請書の作成を社員に頼んだときのことですが、「社長、どこをどうすればいいのかわかりません」と言ってきたんですよね。「ポイントはこことここだから、自分が思うようにいろいろ調べてまとめてみて」と返しました。「間違えてもいいから」と。

とにかくスタートラインに立つことが大事です。何もやらないで良いか悪いかの答えは出てこないでしょう?人生も。なにごとも、チャンス&チャレンジ!

-えひめ産業振興財団や愛媛県庁など、地元の行政のバックアップも有効でしたか?

宮谷さん

もちろんです。えひめ産業振興財団や愛媛県庁のご紹介で「えひめ医療機器開発支援ネットワーク」という勉強会に参加したり、四国経済産業局の出展支援事業で「HOSPEX Japan」という、医療・福祉施設のための設備・機器の総合展示会に参加したりしたことによって、人の輪というか、いろいろな人脈を作ることができたので、医療機器開発を円滑に展開していくことができたと思っています。特にえひめ産業振興財団のコーディネーターさんには、各種ライセンス取得など、様々な場面でご支援いただき、本当に助かりました。

-現在、具体的にどんな医療機器を開発されていますか?



宮谷さん

主に3つありますが、今は、変形性膝関節症における骨切り術という術式に使える機器を開発しています。これまでは手術の際に2回に分けて切る必要があったのですが、1回で切れるような機器を考えました。

術式も進化しますが、逆に、こういった新しい技術を提供することで、そこから新しい術式が生まれるということもありえるわけですね。



-医療機器以外のものも製造されていますか。

宮谷さん

今は、一般機器が7~8割です。医療機器は販路開拓が大変難しいのです。ほかのものでも同じでしょうが、作った人は自分の商品がピカイチだと錯覚しがちなんですよね。第三者や買う方のニーズに合致するかというと必ずしも一致しないこともあるので、そこをどうクリアして認めていただくかということが大事だと思います。

医療機器に関しては、整形外科のメジャーな学会にとにかく出展して覚えていただくようにしました。露出しないと、知っていただかないと、買ってくれるきっかけにもならないですからね。日本有数の大きな学会はだいたい3日間あるのですが、その間に、少なくとも5人くらいは全然知らない先生が興味を持ってくれます。「こんなものできますか?」と、向こうからテーマを言ってきてくれたりしますよ。





-それがある意味、新しいアイデアになりますよね。

宮谷さん

そのとおりです。先生が求めることに対してすぐにボールを返すと、それがビジネスにつながっていく。うちみたいな中小企業でも、「こういった技術がありますよ」、「こういったライセンスを持っていますよ」となれば、先生もだんだん信用してくれるんですよね。私がPRしなくても、先生がPRしてくれるようになります。

-そうはいっても、壁にぶち当たることもあると思いますが、どのようにして乗り越えられていますか?

宮谷さん

そういうときはホームセンターに行くんですよ。いろいろなところに行きます。半日くらいずっと居て、ずーっと商品を見る。いろいろな物を見ていますね。普段、目にしないものもあふれている中で、「ああ、これもそうか」みたいな。そうこうしていると、「なるほどな!」とアイデアが浮かんでくることもあるんですよね。

-医療の世界に出会ってから、今まで以上にいきいきされているようですが、その原動力は何だと思いますか?

宮谷さん

結局、認めて欲しいんですよ。私が死ぬ、子供がいる、子供が子供を産む。例えば、「宮谷尚文」とインターネットで検索したらダーッと出てくる。自分が死んだ後、10年も20年も。「あら、このじいさん、すごかったんやね」みたいな、そんな人間になりたいなと。金を残すとか残さないとかじゃないんですよ。子供や孫たちのどこかに私のDNAが入っているわけで、「じゃあ、自分もこんなことをやってみよう」となる可能性はゼロじゃないんですよね。そんな気持ちが私の中にはあるんですよ。

それからやっぱり、「クエスチョン」、「なんで?」という感覚。全てはそこですね。「これでいっか」ではなくて、「なんでこうなるの?」「その理論って何?」みたいな。そう思えるような感性がないと、発明は難しいでしょうね。







令和元年12月5日第15回松山ブランド新製品コンテスト「NEXT ONE」の表彰式が松山市であり、
株式会社ミヤタニの骨切除用ブレード「MK wedge Blade」が工業製品部門で見事、最優秀の金賞・知事賞に輝きました。





掲載日:2020年1月10日 取材者:N・T