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四万十の魅力をシュトーレンに込めて

小清水 緑さん 前 成照さん カゴノオト

小清水 緑さん 前 成照さん

四国らしさってなんだろう?

都会の喧噪から離れ、豊かな自然に囲まれた四国ならではの魅力。

今回は、10年前に東京から高知県四万十町へ移住し、シュトーレンなどの焼き菓子工房「カゴノオト」を営む前さん・小清水さんご夫妻に、四万十町での暮らしを通じて感じた地域の魅力、そして新たな事にチャレンジする中で大切にされている想いについて、お話を伺いました。

※シュトーレン
バターをたっぷり使った生地に、洋酒につけたドライフルーツやナッツを練り込んで作るドイツの伝統的なお菓子。

―移住される前は東京で何をされていたのでしょうか。

小清水さん

障がい者施設でソーシャルワーカーの仕事をする傍ら、週1日自分のカフェを運営していました。そうするうちに、だんだん施設の職員として自分ができることより、カフェで自分らしくやれる方がいいのかもしれない、と考え始めるようになりました。

前さん

私はもともと東京のホテルでコックをしていました。注文が入ったら厨房で大量に調理してお客さんに出します。次から次へと調理する中でお客さんの顔は見えないので、自分が作った料理を、どんな人がどんな想いで食べてくれているのか。お客さんの顔が見えるようなところで働きたい、そんなことを思っていました。

小清水 緑さん 前 成照さん

―四万十町へ移住したきっかけは何だったんですか。

前さん

高知出身の知り合いの方で、四万十町の十和地区の野菜を使った料理を出していた方がいました。それがご縁で、僕らも十和地区の野菜を買わせてもらうようになりました。こんなに美味しい野菜を作れる人がいる、作れる場所がある。そのことにとても魅力を感じました。

そんなときに、2011年の東日本大震災が起きて、それが移住するきっかけになりました。震災の前は、災害があってもなんとかなるよね、と思っていました。でも、食べ物がなくなって、交通機関が止まって。そこから自分自身の生きる力を付けたいなと思うようになりました。そうして、以前から魅力を感じていた四万十町に引っ越してきました。

小清水さん

私も震災が起きたときに、ありとあらゆる物が自分の中にない東京の生活は、何かライフラインが一つでも止まると、もう暮らせないと感じました。電車に乗らなくても良くて、井戸水があったり、火が焚けたり、何かあってもなんとかなる、そんなところに移住してみたくなりました。

四万十町の風景

―実際に移住されて、どんなことを感じていますか。

小清水さん

最初に住んでいたのは十和地区でした。自分たちで野菜などを育てているのはもちろん、薪で風呂を焚いたりしているのが日常だった場所で、想像よりも驚くことが多かったです。下水が詰まっても、屋根が壊れても自分たちで直していて、暮らしていく力が本当に強いなと感じました。

一人一人のコミュニケーションの機会もとても多かったです。周りに住んでいる人はもちろんですが、郵便局の人とか、電気検針の人とか、東京では風景のように通り過ぎていった人たちとも交流できる機会がありました。知らないけれど声をかけてくれたりする、そんな温かさが心地いいですね。

前さん

その後、今いる窪川地区に引っ越してきました。人の温かさはこの場所でも同じですね。引っ越してきて、右も左も分からない自分達に地域の人がいろいろ教えてくださり気にかけてくださって、飲み会に誘ってもらったり仲良くさせてもらっています。

小清水さん

野菜や果物が「ここで育っているんだ」ってわかるのも、とてもいいですね。仲良くさせてもらうようになった地域の方がユズを育てていたので、実際に作っている様子を見に行くようになりました。都会にいると農家さんと直接会うことはなかなかできないと思います。物静かで謙虚な人が多いのですが、みんな愛情を込めて育てていて格好いいです。この地域に移住してから、素材を提供してくれる農家さんたちの魅力もたくさんの人に知ってもらいたい、そう思うようになりました。

ユズやブルーベリー

―どうしてシュトーレンをつくるようになったのでしょうか。

小清水さん

移住してしばらく経った頃、四万十で育ったたくさんの素晴らしい農作物を、その季節の時だけ食べるのはもったいないと思って、保存瓶に漬けて保存していたんですよね。すだちも漬けておこう、梅も漬けておこう、ユズも漬けておこう、そうして気づいたら保存瓶だらけになってしまって。これをどうにかして何かに使えないだろうかと考えてみたんです。そこで、元々シュトーレンが好きだったこともあり、季節の素材を活かしたシュトーレンを作ることにしました。

当時はカフェを営んでいて、シュトーレンをお出ししたところ、口コミで徐々に広がり、やがて新聞やSNSを通じて遠くからも買いに来てくださったり、全国から注文をいただくようになりました。その後、カフェを閉じ、移転して工房を作り、シュトーレンを中心とするお菓子専門店として再出発しました。

前さん

シュトーレンは、日本国内でもパン屋さんやスーパーなどで日常的に売られているのではないかと思います。私たちが作るシュトーレンのこだわりは、四万十の農家さんたちから買わせて頂いた季節ごとの農作物を1ヶ月に1種類ずつ1年かけて集めているところです。1年の恵みを12種類ふんだんに練り込んで、1つ1つ丁寧に作っています。たくさんの人に食べてもらえたら嬉しいです。

シュトーレンを作りの様子

―新たな土地でチャレンジするにあたり、苦労や悩みはあったのでしょうか。

小清水さん

先にお話ししたように、地域の人たちや農家さんたちの温かさやサポートには助けられてきました。一方で経営面で言えば、困難なことも多々ありました。美味しいシュトーレンをお届けしたい、地域の魅力をたくさんの方に知ってもらいたい、その想いだけではなかなかうまくいきませんでした。失敗もたくさんあって、進むべき方向も分からなくなって。でも生活はしないといけない、そんな問題や悩みを抱えたときに、相談に乗ってもらってきたのは「よろず支援拠点」です。

きっかけは、以前PR用の冊子を作りたかった時、何か助成金などの支援やサポートがないかと県に相談していたら、今度新しく「よろず支援拠点」ができるから相談したらいいですよと紹介してもらったことです。

本当に助かっています。いつも相談に行く前は、目の前の課題で頭がこんがらがっているんですが、今はこれをやりましょう、これは後でいいと思いますと整理してもらえます。視野が狭くなっていた自分たちも、そこで落ち着いて立ち止まって考えることができています。そしてまた走り出して、こんがらがったらまた相談に行く、そんな感じです。

※「よろず支援拠点」
中小企業、小規模事業者の皆様からの、経営上のあらゆるご相談にお答えするために、国が全国に設置した無料の経営相談所。
   

―支援機関を上手く活用されているんですね。

前さん

そうですね、指導いただいたことはちゃんと受け止めて、しっかり実行すること、そしてその結果を報告することをいつも心がけています。担当してくれている方は、ご自身の経験を踏まえたアドバイスをしていただき、現場の私たちの感覚を理解してくれているし、すごく熱心に私たちの課題と向き合ってくださいます。とてもありがたい存在です。だからこそ私たちも、担当の方を信じて、アドバイスは素直に受け入れてちゃんと実行したい。そしてちゃんと報告する。そうやって1つずつ次のステップへ進んでいくように意識しています。

想いだけでは上手くいかない。よろず支援拠点の方に教えていただいた「一番大切なのはお客さん」ということや、ご指導いただいた様々なことを活かしながら、日々課題と向き合っています。皆さん、よろず支援拠点さんをご存じでしょうかね?活用される方が増えるといいなと思います。

小清水さん、前さん

―商品を売るときに大切にしていることはありますか。

前さん

シュトーレンは、基本的にはインターネットで販売しています。私たちは、どんな人たちがどんな思いでシュトーレン作りに携わってくれているのかはわかるけれど、通販で買ってくださる全国のお客さまにはわからない。なので、農家さんのことや地域の魅力を少しでも伝えられるように工夫しています。SNSで情報を発信したり、シュトーレンを箱詰めするときに地域の様子が伝わる新聞や紹介文を入れたりするのもそのためです。

小清水さん

去年は、お客さんにこの地域へ来てもらってシュトーレンを食べていただく、シュトーレンお披露目会を開催しました。お客さまと直接お話しできる機会があることで、自分たちも力をもらっています。コロナ禍でリアル開催が難しかった時も、オンラインで交流する機会を作りました。「こんな方たちがいて、こんな協力をいただいて、それで商品ができています」と言えるのは、自分でも楽しいです。シュトーレンを通して、四万十の人や場所に、思いを馳せてもらえたら嬉しいです。

シュトーレンとパッケージ

―最後にあらためて、地域への想いや、今後取り組んでいきたいことがあれば教えてください。

小清水さん

素材を頂いている農家さん1人1人のお顔がしっかりわかること、それがこの地域に来て1番魅力に感じていることです。この野菜はあちらの農家さんから、この果物はあそこの農家さんから、距離が近いから顔が見える。だからこそ、四万十で旬の素材を大切に育てられている農家さんの想いを、シュトーレンとともに発信していきたいです。

前さん

応援してくださっている地域の皆さんへの感謝の気持ちや、謙虚な姿勢を忘れないようにして、これからも皆さんとの関係を大切にしていきたいと思っています。そして、これからは全国各地へ積極的に出かけてシュトーレンを味わってもらい、四万十の魅力も直接伝えられるような活動を広げていきたいです。

豊かな自然で育った旬の素材、支えてくれるたくさんの人たちの想い、その全てがこの四万十地域の魅力です。その魅力をシュトーレンに込めて、これからも全国の皆さんへ届け続けたいと思います。

小清水さん、前さんと農家さん(左上)、シュトーレンの材料の四万十で育った農作物(右上)、カゴノオト店舗外観(左下)、カゴノオトスタッフ集合写真(右下) 掲載日:2023年4月25日 取材者:T・K