「紙のまちから世界へ」—書道パフォーマンス甲子園が描く地方創生の軌跡
守屋 伸康さん
四国中央市 書道パフォーマンス甲子園振興室 室長
「お札と切手以外の紙製品は何でも揃う」と言われる日本一の紙のまち、愛媛県四国中央市。書道用紙の生産量は全国の約7割以上を占めると言われており、“日本一の書道用紙のまち”でもあります。この町の地元高校生たちの熱い想いから生まれた「書道パフォーマンス甲子園」は、地方創生の成功例として注目を集めており、2025年の大阪・関西万博では、内閣府主催の特別大会が開催されるとともに、ジャパンデーのウェルカムアトラクションをも任されるなど、さらなる進化を遂げています。
この取り組みの中心で活躍する四国中央市の職員に、大会の魅力や未来への展望についてお話を伺いました。
―書道パフォーマンス甲子園とはどういったものでしょうか。
書道パフォーマンスは、愛媛県立三島高等学校の書道部員たちの「書道で紙のまちを盛り上げたい」という想いから始まりました。高校の文化祭や地元のイベントで、音楽に合わせて大きな紙に歌詞を書いたパフォーマンスが注目を集め、2008年には「書道パフォーマンス甲子園(全国高等学校書道パフォーマンス選手権大会)」が市内の商店街で開催されました。当初は参加校がわずか3校、観覧者も300人という小規模なスタートでした。
こうした取り組みにテレビ局が関心を持ち、全国で大会の様子などが放映されたことで注目度が上がり、2010年には大会をモデルにした映画「書道ガールズ!!私たちの甲子園」が公開されるなど、着実に認知度が広がっていきました。
―守屋さんはいつ頃から大会に関わっているのですか。
私は2019年4月から書道パフォーマンス甲子園振興室長として担当しています。それまでは、こども政策や秘書業務、東日本大震災被災地への派遣などを経験しました。書道パフォーマンス甲子園の担当になるとは思っていなかったので、驚きの中からスタートしましたね。
―当時を振り返っていかがですか。
担当となって迎えた第12回大会は、初めて大会参加校が減少してしまい、とても悔しかったことを覚えています。また、予算も僅かしかなく、何もできない状況でした。当時は、「なんとかして大会の「輪」を広げていかなければならない」と強く思いました。
―大変な状況だったのですね。
それから、私たち市職員が自ら地元企業を訪問し、協賛金を募るようにしました。企業を訪問してみると、地域の方々が我が町の事業として書道パフォーマンス甲子園を温かく見てくれていることがわかり、徐々に応援の輪が広がっていきました。この気持ちに応えるため、ホームページやSNSで協賛企業を紹介したほか、無償提供されている大会用紙や手漉き和紙の賞状、水引細工の副賞などの製造現場をマスコミにPRするなど、「紙のまち」を広報すると同時に、町全体で大会に取り組んでいることが分かるよう「見える化」を図りました。行政は、せっかくいいことをしていてもうまく伝えるのが苦手なことが多いので、SNSを活用するなどして「見える化」を進めることで、メディアに取り上げられる回数も増えてきました。
―大会の運営においても意識された点はありますか。
私たちの務めは、「全国の高校書道部員が憧れる夢の舞台として高校生が最高の力を発揮できるために環境を整えること」だと思っています。全国の高校生に書道パフォーマンスの聖地である四国中央市に行きたい!と思ってもらうために、全国大会のダンスイベントなどを視察してブラッシュアップしてきました。会場の装飾はもちろん、大型LEDモニターの設置や選手控え室へのエアコン導入など、助成金も活用しながら設備を整えることにも注力してきました。日本一を決める大会として、大都市にも負けない開催環境にするため、毎年進化させることを意識し続け、特に大型LEDモニターは、広い会場でも観覧者に高校生の躍動感を伝えることに役立っており、現在では、5,000人を超える方が訪れるようになりました。当市にとっても、書道界においても最大規模のイベントになったと思っています。
―地元の高校生と一緒に運営を行っている点も書道パフォーマンス甲子園の大きな特徴ですよね。
毎年、100名以上の地元の高校生が運営に参加してくれています。高校生ボランティアが中心となって、墨拭きや選手の誘導、グッズ販売などを行っており、大会になくてはならない存在です。また、高校生ボランティアのうち、約半数は「SHiPs」という企画運営チームに所属し、大会の半年以上前から県内外でのPR活動を行うほか、選手や観客をおもてなしするための企画立案などをしてくれています。
私たちは、書道パフォーマンス甲子園を通じて、四国中央市でしか得られない貴重な経験をしてもらい、地元高校生の自己実現の場にしてほしいと思っています。それが結果的に郷土愛を育むことに繋がると信じていますので、私たちも真剣にかつ丁寧に関わることを心がけています。この点は、今回のEXPO大会でもこだわっており、運営を外部に任せるのではなく、約40名の高校生ボランティアに参加してもらい万博での貴重な体験を共有してもらいました。
―高校を卒業した後も大会に関わってくれる方はいらっしゃるんですか。
そうですね。高校を卒業した後、社会人や大学生になってもボランティアとして関わってくれる人が増えてきたので、一般ボランティアも募集しています。今年も20名以上の方が参加してくれました。
その中には、本大会に出場できなかった県外の高校生や書道部の先生なども含まれており、遠方から参加してくれています。地元出身者だけではなく、大会に関わってくれた方々を大切にすることが、町の発展に繋がると考えています。実際に「書道パフォーマンス甲子園が大好きだから」という理由で、長崎出身の方が市内の紙加工会社に就職された例や、県外から大会に出場した選手が市役所に入庁して、書道パフォーマンス甲子園振興室のメンバーにもなってくれています。書道パフォーマンス甲子園の「輪」が広がり地方創生に繋がっていると感じますね。
―2025年8月21日には大阪・関西万博の会場内で「書道パフォーマンス甲子園 in EXPO」が開催されました。こちらはどういった大会だったのでしょうか。
これは、地元高校書道部の思いから書道パフォーマンスがはじまり、行政、学校、企業、地域をあげて大会に取り組んでいることが評価され、地方創生のモデル的取り組みとして内閣府から「一緒に大会をやりましょう!」と声をかけてもらいました。
このEXPO大会には、今年開催された第18回大会の上位5校と、書道パフォーマンスの生みの親ともいうべき愛媛県立三島高等学校の合計6校が参加し、「地域社会と私たちの未来」というテーマで書道パフォーマンスを行いました。審査員は、芸能界で書道を嗜む中山秀征さんやEXILEのTAKAHIROさん、パフォーマーのDJ KOOさんなどに務めてもらいましたが、市の職員が事務所と直接交渉して実現しました。
開催が決まったときは、大会の「輪」を広げ、情報発信し続けてきた結果が実ったと感じ、とても嬉しかったですね。
―EXPO大会を開催されていかがでしたか。
万博のメインホールであるシャインハット(2,000人収容)を埋めることができたことは大きな成功だと思います。大阪・関西万博の舞台で、これまで地域で作り上げてきた「書道パフォーマンス甲子園らしさ」を地元の高校生と表現することができ、これまで書道パフォーマンス甲子園を見たことがなかった方々に見てもらえたことは意義深いと感じます。
冒頭では、第1回大会の参加メンバーにスピーチをお願いしました。わずか3校で始まった大会が、大阪・関西万博という世界中から人が集まる場で開催されるまでに至った感動を、当事者に語っていただくことでEXPO大会の意義をより深めることができたと思います。また、出場した高校生については、福岡県立八幡中央高校が郷土の歴史を取り入れつつアニメや漫画を用いて日本文化を発信したり、長野県松本蟻ヶ崎高校がSDGsについて学んで感じたことを表現したりと、それぞれの地域の未来を担う高校生が万博の舞台で自分たちの思いを伝えられたことはとても良かったと思います。
EXPO大会を機に今後どのような広がりが産まれるのか、非常に楽しみです。
―書道パフォーマンス甲子園に携わってみて感じる魅力は何ですか。
人の夢に携われることですね。高校生が3年間追い求めてきた夢を応援できる行政の仕事は、他にはないと思います。市外や県外の高校生が「四国中央市に行きたい!」と涙を流してくれることなんてそうありません。
だからこそ、高校生の夢に真剣に向き合い、高校生に夢を与え続けられるように、常に私たち自身も新しいことに取り組んでいかなければならないと思います。大会の時には、「高校生の夢に真剣に向き合うことができたか」と毎回、自問自答していますね。
―書道パフォーマンス甲子園について、今後の展望を教えてください。
今後の展望としては大きく2つあります。
1つは、来年の3月8日に「全日本大学書道パフォーマンス選手権大会(書道パフォーマンスインカレ)」を開催することです。書道パフォーマンスを行っている全国の大学生に表現の場を作ることで、競技人口の増加に繋げたいと思っています。また、大学生にも四国中央市に来てもらうことで、市内企業への就職や関係人口に繋がると嬉しいですね。初開催にもかかわらず全国から13大学が参加予定です。
もう1つは、海外進出です。再来年に開催される第20回大会で、海外から参加してもらえる仕組みを検討していきたいです。海外にも書道文化はありますし、書道パフォーマンスには日本文化として海外に発信できるパワーがあると思っています。来年度から参加校を探すなど具体的に動いていきます。他にも、書道パフォーマンスを体験できるインバウンド向けの観光コンテンツも検討しています。
書道パフォーマンス甲子園を軸にして、枝葉をどんどん広げていきたいですね。
―守屋さんご自身として、今後の展望はありますか。
市役所にチャレンジする組織風土を醸成したいと思っています。どうしても市役所は失敗を恐れがちな文化がありますが、自身の経験を若手職員に伝えていくことで「チャレンジすれば業務を通じて自己実現できること」を知ってもらいたいですね。失敗を恐れずに、我が町だからこそ出来ることに目を向けて各職員が努力することで、より魅力ある四国中央市になるのではないかと思っています。
画像提供:書道パフォーマンス甲子園実行委員会掲載日:2025年12月19日 取材者:S・T、K・T
