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香川の工芸をパリへ—保多織と香川漆器、若き作り手の挑戦

吉原潤さん ブティックjune、竹森滉さん さざなみ漆器

吉原潤さん ブティックjune、竹森滉さん さざなみ漆器

2025年10月、パリで開催された新鋭デザイナーの発掘と育成を目的とする国際ファッションショー「Global Fashion Collective Paris」に、香川県から2名の若手クリエイターが参加しました。

ひとりは、香川県に伝わる伝統的工芸品「保多織(ぼたおり)」を用いて衣装制作に取り組むデザイナー吉原潤さん。「保多織」は碁盤の目のような独特の織りから生まれる風合いが魅力で、その名は「多年を保つ」という意味で命名されました。もうひとりは、同じく香川県に伝わる伝統的工芸品「香川漆器」でボタンを制作する漆芸家竹森滉さん。「香川漆器」は、蒟醤(きんま)、存清(ぞんせい)、彫漆(ちょうしつ)など多様な技法があり、鮮やかな色彩ときめ細やかな模様が魅力です。

世界を舞台に、ファッションを通じて、香川県の風土とともに育まれてきた伝統工芸を発信する取り組みは、大きな注目を集めています。今回の「四国びと」では、お二人のものづくりの原点からパリ挑戦、そして未来への展望について、お話を伺いました。

ブティックjuneの写真 ―ものづくりの原点を教えてください。 吉原さん

私にとって、ものづくりは「特別なこと」ではなく、当たり前にそこにあるものでした。祖母がよく私と姉の洋服をミシンで作ってくれていて、横で私は、お菓子の箱を切って何かを作ってみたり、紙を貼り合わせたりして遊んでいました。
今振り返ると、「作ることが日常的にある環境」で育った、その感覚が原点だと思います。

吉原潤さん 写真

―いつから衣装作りを始めたのですか?

吉原さん

高校は普通科に進学しました。衣装制作はやってみたい気持ちはありつつ、他にも興味が多く諦めていました。音楽活動に熱中していた時期もあり、それでも服は好きだったので、昼間にアパレルの仕事をしていました。
ところが、音楽を突然辞めざるを得なくなり、今まで音楽で埋まっていた時間がぽっかりと空いてしまいました。

ただ、その“何もない時間”が逆にチャンスになりました。 祖母のミシンを使って「とりあえずやってみよう。」と服づくりを始めました。教科書を買って、ひたすら独学し、とにかくトライアンドエラーを繰り返しているうちに「自分でもできる」と実感し、どんどん夢中になっていきました。 衣装制作に本格的に取り組み始めた頃、県内の縫製工場から下請けのお仕事もいただく機会があり、自宅に工業用ミシンを入れて、月に150から200着を縫う日々を過ごしました。技術もスピードも、この時期に磨かれましたね。

保多織の写真

―最初から保多織を使いたいと思っていましたか?

吉原さん

いえ、最初はまったく知りませんでした。コットンやリネンなど、市販のもので衣装を作っていたのですが、私はアトピー体質で、素材に敏感だったので、もっと肌に優しく、より深い魅力をもつ素材を探していました。

そんな時、高松空港で偶然保多織のストールに出会ったんです。着心地の良さに驚き、しかも地元・香川の伝統工芸品だと知って、「香川出身の私が、香川で創作を続けるならこれだ」と心が決まりました。その出会いがきっかけで保多織の衣装制作を本格化し、「ブティックjune」を立ち上げました。

―その後は?

吉原さん

下請けのお仕事を続けながら、保多織を使った衣装制作に励みました。 2022年に展示会関係者から声をかけていただき、初めてパリで展示販売を行いました。大規模なファッションショーではなく、日本の伝統や工芸を紹介するイベントで、小さなブースを借りて出店する形式でした。 初めての海外展示でしたが、ヨーロッパの方々の反応が想像以上に良く、実際に自分が作ったジャケットも売れました。保多織は海外でも通用する―――その実感を得た瞬間でした。

―ものづくりの原点を教えてください。

竹森さん

高校卒業後、「大学に行くべきなのか」「そもそも何をしたいのか」が分からなくなって、旅に出ました。日本各地のゲストハウスを渡り歩き、毎日が初対面の人ばかり。ギターを弾く人、絵を描く人、料理人...旅先には自分の“表現”を持つ人が多く、その姿が輝いて見えたんです。 同時に感じたことは、「自分には、語れるものが何もない」ということでした。「自分にも何かが欲しい」と強く考えるようになったのが原点です。

竹森滉さんの写真

―どうして漆にたどり着いたのでしょう?

竹森さん

私は兵庫の出身で、香川に来たのは大人になってからです。幼い頃から母が作家として活動していたため、周りには作家の方が沢山いて、ものづくりが身近な環境でした。そのためか、一人旅の後に自分がなりたいもの・できそうなことを考えたとき、自然とものづくりの道に進みたいと考えていました。

さざなみ漆器の写真

そして、ものづくりの中で、火を扱わない漆芸は、釜や炉のような設備環境を必要とせず、一つ一つ時間をかけて積み上げる工程が多い。その積み重ねる行為が、自分の性格にぴったりだと感じたので、漆が学べる香川県漆芸研究所の存在を知り、見学することにしました。

正直、当時の私は、漆芸品といえば、黒と赤のお椀というイメージしかありませんでした。しかし、研究所で目にした作品は衝撃的でした。同世代の若い作家が、鮮やかな色彩やイラストのような表現を用いて、漆を自由に使いこなしていたのです。「漆ってこんなに表現の幅があるのだ」と、世界が一気に広がり「ここで学びたい」と、見学したその日に入所を決めました。

―香川県漆芸研究所でどんな学びを得ましたか?

竹森さん

2014年に香川県漆芸研究所に研究生として入所し、香川漆芸の歴史や素材の扱い方・加飾技法を網羅的に学ぶことができました。特に香川漆器は「蒟醤(きんま)」「存清(ぞんせい)」「彫漆(ちょうしつ)」など、多彩な技法を持ち、それぞれに深い文化的背景を感じながら制作をしました。 また、在所中に漆職人の方にインターンとして受け入れていただき、実際に仕事に触れ、現場での制作を体験しました。“作品を売る”というリアルな世界に触れ、「より多くの人に香川漆器を知ってもらい、より多くの人に香川の漆を届けたい」という想いが芽生えました。 2016年、瀬戸内国際芸術祭の「漆の家プロジェクト」で出展したとき、来場者の方が次々と手に取ってくれる光景がありました。「私の作ったものが、知らない誰かに届いていく」。その実感は、ものづくりを続けるうえで大きな自信になりました。

さざなみ漆器の写真 さざなみ漆器の写真

―研究所を卒業後はどのように活動を?

竹森さん

ピアスやイヤリングなどのアクセサリー制作に力を入れていました。しかし、私が販売活動を行った瀬戸内国際芸術祭は3年間に一度の開催です。持続的に活動したいという思いから2018年に「さざなみ漆器」として独立し、自分で販売する場所を作れば良いと考え、2019年に「ATELIER & GALLERY SHOP minamo」をオープンしました。 販売できる場所が無いという同じ悩みを持った若手作家が多いことにも気付いたため、そこでは、単なる自分の展示場所ではなく、「若手作家の作品を送り出せる拠点」として、多くの作品を販売していました。 それ以降も、個展や展示会に参加して、少しずつ「さざなみ漆器」を広げる活動を進めてきました。

―幼い頃から、ものづくりが身近にあったというところや、開業前・開業後に苦労されて試行錯誤しながら修行してきたところが、お二人に通ずることですね。

吉原潤さん、竹森滉さんの写真

―お二人が仲良くなったのはいつ頃ですか?

竹森さん

2022年、2023年と伝統工芸関係のイベントに参加していて、懇親会で話したのがきっかけで仲良くなりました。

吉原さん

それまで、あまり竹森さんとは話したことがなく、物静かな人という印象でした。でも、いざ懇親会で話すと一気に打ち解けて、気付けばとても仲良くなったんです。それ以降、イベントでも自然と話すようになりました。

―「Global Fashion Collective Paris」での協働は、どのように始まったのですか?

吉原さん

実は2024年にも参加を検討したのですが、渡航費や出展費の費用負担が大きく、クラウドファンディングも挑戦しましたが達成できず、2024年の参加は断念しました。 そこで、「一人ではなく仲間と挑もう」と考えました。香川の工芸をパリに届ける想いを共有できる人―――その時、真っ先に浮かんだのが竹森さんでした。

国際ファッションショー「Global Fashion Collective Paris」の写真 国際ファッションショー「Global Fashion Collective Paris」の写真

―パリでの日々はどうでしたか。

吉原さん

充実していましたが、思い返すと、トラブルも多かったです。現地の宿に入れなかったり、イベント当日にメンバーの飛行機が欠便になったりと本番まで気が抜けず、とても多忙な日々でした。本番直前も、現地で衣装のボタンホールを付けたり、前日まで衣装にアイロンをかけたり、緊張も相まって心に余裕が無い状態でした。 その中で様々なトラブルに見舞われたので、竹森さんをはじめチーム員の助けがあってこそイベントに出展できたと感じています。

―本番を終えて得たものは?

吉原さん

第一に、今回のような大きなイベントに出展して、自分の経験値にできたことですね。終演後、多くの方々から取材していただき、ウェブサイト版「Forbes Paris」で「注目の新進デザイナー12人」として紹介されました。 また、今回の「Global Fashion Collective Paris」で披露した衣装で、香川県庁で「保多織ファッション・ランウェイショー」を開催しました。

今回の出展を通じて、多くの方々にご支援いただき保多織の知名度向上に貢献できたことが大きな成果だと感じています。今後もパリでできた人脈や実績で、展示会・販売会の開催へとつなげてきたいです。

香川県庁での「保多織ファッション・ランウェイショー」の写真 香川県庁での「保多織ファッション・ランウェイショー」の写真 竹森さん

実は、私は今回が初めての海外でした。自分で作った作品を、様々な人に見ていただき、評価していただいたことがとても嬉しかったです。 私は吉原さんから依頼を受けて、衣装のボタンを制作したので「自分の作品がパリで出た」という実感がそれほどありません。 ただ、「せっかくなら、このためだけの仕事をしよう」と思い、漆の技法「布目塗り」を応用して、保多織の凹凸をそのまま生かしたボタンを作りました。 「布目塗り」自体は珍しい技法ではありませんが、布に保多織を用いた事例はないと気づき、試行錯誤を繰り返して作成しました。今回の機会がなければ、保多織を用いてボタンを作るという発想にはならなかったと思います。とても良い経験となりました。

保多織を用いたボタンの写真

―最後に、お二人の将来の夢や目標について教えてください。

吉原さん

私は、保多織を「誰もが知る素材」にすることを目指しています。

帆布生地がデザインの力で価値を広げたように、保多織にも可能性があると思っています。 帆布生地は、もともと船の帆に使われる生地でしたが、デザイナーが発想を凝らしカラフルかつおしゃれなデザインを施すことで、多くの人に知れ渡りました。保多織にもその可能性があるはずで、私がそのきっかけとなるデザイナーになりたいです。 保多織はとても良い生地なので、実際に使ってその良さを知ってもらえれば普及していくはずです。自分自身の感性で保多織をアレンジし、様々な場面で活用される素材に育てていきたいです。

竹森さん:

「さざなみ漆器」を香川県に限らず全国の人々の手に届けたいです。 私は、漆は伝統的な手法以外にも、色やデザインなど様々な表現が可能だと感じています。そのため、伝統的な技法が生み出す美しさを大切にしながらも、今まで使われたことがない新しい表現にも積極的に挑戦していきたいです。 同じような取り組み方をする人が増えたり、「こういう漆器もいいよね」と感じてくれる人が増えたら良いなと思います。

また、2025年はじめには「漆が遠くまで連れて行ってくれますように」と願い、パリまで行くことができました。今年は更に自分がしたいことに積極的に挑戦して、もっと遠くへ行きたいと思っています!

吉原潤さん、竹森滉さん の写真 画像提供:吉原潤さん、竹森滉さん
掲載日:2026年3月25日 取材者:S・T、K・Y